ウソから出たマコト~ニセモノの愛から生まれたホンモノの恋~
それからは、気を取り直し、少なくとも表面上は何事もなかったかのように、勤務をこなした凪咲。終礼を終え、警備員と交代して、エレベ-タ-に乗り込もうとすると


「おっ。お帰りですか、お疲れ様です。」


中から出て来た裕に声を掛けられ、3人は思わず足を止める。


「乗らないんですか?エレベ-タ-行っちゃいますよ。」


笑いながらそう言った裕は、先ほどとは似ても似つかない、パリッとしたビジネススーツだった。


「いつ着換えたんですか?」


貴恵が尋ねると


「いやぁ、さすがに親父にどやされまして。『仕事、会社を舐めてるのか』って。今日は帰朝報告だけだから、いいだろうと思ったんですけどね。」


答えた裕の表情は、しかし全く悪びれてはいなかった。


「それで仕方なく、社長秘書さんにお願いして、近くの紳士服量販店で出来合いのスーツを買って来てもらって。でも結構着心地いいんですよ、サイズもピッタリだし。さすがにメイドインジャパンは違いますね。」


「量販店の背広って日本製ですか?」


にこやかに語る裕に、貴恵が冷ややかな一言を浴びせる。


「あっ、そっか・・・こりゃ参った。」


そう言って、頭の後ろに手をやって、苦笑いする裕に


「それで、どうされたんですか?」


冷たい表情のまま、貴恵が尋ねると


「どうもこうも帰るんですよ。今日はもう仕事終わりですからね。そうそう、昼間は変な所から入って、驚かせてすみませんでした。入口、わかんなかったもので。でも、あんな簡単に裏口から入れちゃうって、この会社のセキュリティ、大丈夫ですかね?」


そんなことを言い出す裕。


「あの、失礼ですけど、電車で帰られるんですか?」


おずおずと言った感じで、千晶が聞く。


「ええ。僕の家、さすがにここから歩いては帰れないんで。」


と言って笑う裕に


「でも送迎車が・・・。」


御曹司なら当然、送迎があると思っている千晶に


「そんなのありませんよ、昼間だって、空港に誰か迎えに来てくれるわけじゃなく、1人でここまで来ましたし。だいたい、急遽の帰国で、まだ住むとこが決まってなくて、今日は実家に帰るんですが、親父は自分の送迎車にも乗せてくれないんですよ。僕はまだ所属未確定の一社員に過ぎないって。全く冷たい奴ですよ。」


相変わらず軽い感じで、答えた裕は


「ということで、なんかお引き留めしたみたいになっちゃってすみません。今日はこれで失礼します。」


そう言って、頭を下げると、歩き出して行く。
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