ウソから出たマコト~ニセモノの愛から生まれたホンモノの恋~
出勤したふたりは、しかし勤務場所の建物が別々であり、当然顔を合わせることもなく、特別なことは起こらなかった。仕事帰りに、同僚と夕食を摂り、凪咲が帰宅すると、大城は既に帰って来ているようだった。


キッチンを見ると、今朝使った2人分の食器は、既に綺麗に片付けられていた。


(片付けくらい、私がやるべきだったな・・・。)


後悔が浮かんだが、今更の話で、1つため息をついた後、凪咲は大城の部屋をノックし


「大城くん、ただいま。食器ありがとうね。」


と外から声を掛けると、すぐにドアが開き


「お帰り、菱見さん。」


大城が笑顔で顔を出した。


「夕飯、食べた?」


「うん。大城くんは?」


「なんか作るつもりだったんだけど、面倒になっちゃって、食べて来ちゃった。仕事帰りは、どうしてもダメだな。」


苦笑いで答えた大城は


「お風呂、沸かしておいた。よかったら、先に入ってよ。」


と凪咲に告げる。


「えっ、ありがとう。でも大城くんが沸かしたんだから、先に入ってくれてよかったのに。」


「僕のあとからじゃ、君が嫌だろ?」


「えっ?」


「恋人でも家族でもない男の後湯なんてさ。それに思わぬラッキ-スケベの発生を避ける意味でも、ちゃんと君が風呂を済ませて、部屋に戻ったのを確認してから入る方が、僕も安心だから。」


「大城くん・・・。」


「そう言うことだから、出たら声掛けてよ。じゃ。」


そう言って笑った大城は、ドアを閉める。


(大城くん・・・ありがと。)


彼の気遣いが心に沁みて、凪咲は思わず、ドアに向かって頭を下げていた。


それから、日々が過ぎて行ったが、2人の関係に特に変化は起こらなかった。


あの日以降、大城が凪咲の朝食を用意することはなかったし、当然出退勤は別。家でも必要以上の接触はなく、お互い、ほとんどの時間を自室で過ごす。


そうして迎えた同居後、2回目の週末。


10時頃目覚めた凪咲が、ベッドを降りるとドアにメモが挟んであるのが見える。開いてみると


『おはよう。先に洗濯機、使わせてもらいました、ありがとう。では、出掛けて来ます。帰りは遅くなるので、気にしないで下さい。では、行って来ます。』


大城らしい、丁寧な字で、綴られていた。このメモを読めば、凪咲がパジャマ姿で安心して、リビングに出られるだろうという、彼の配慮が感じられた。
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