ウソから出たマコト~ニセモノの愛から生まれたホンモノの恋~
鼻歌交じりに手を動かし、30分もすると、鮭のホイル焼きに、ちくわの磯辺焼き、野菜スープ。それに解凍したご飯と、それなりのメニュ-が食卓に並ぶ。


「いただきます。」


手を合わせた後、箸を手にして、まずはひと口。


「うん、美味しい。」


自画自賛して、思わず頬が緩む。


大学卒業以来、3年あまり勤めた会社を、一身上の都合で退職した凪咲が、派遣社員として、AOYAMAに就職してから約2年半。


新しい仕事には、それなりのやりがいや楽しさを見出すことが出来た凪咲だったが、身分が正社員から派遣社員になったことで、収入は減少することになってしまった。


決してカツカツの生活ではないが、自由に使える金額が、正社員時代に比べて、減ってしまったのは間違いない。だから、先ほどのような千晶からの誘いにもなかなか応じられない現実がある。


大学進学に伴い親元を離れて以来、面倒くさくて外食やコンビニ弁当に頼ることが多かった凪咲も、今では出勤日の昼食以外は、ほぼ自炊だ。今の仕事は残業がなく、それほど自炊が苦にならないのはありがたかったが、それ以上に凪咲が今、自炊を楽しめているのは、彼女を自炊に目覚めさせてくれた、ある人物との出会いであった。


食事中はテレビなどは点けない、食事を楽しむ。それが凪咲のマイル-ルだ。それを教えてくれたのも同じ人物だ。


「せっかくの料理を『ながら』でいただくなんて、作ってくれた人に失礼じゃないか。」


凪咲にそのことを初めて告げた時、彼はそう言って優しく微笑んでいた。そして


「こうして一緒に食べる人がいる時は、食事と一緒に、その人と一緒にいられる時間を、そして、その人との会話を楽しむんだよ。」


そう穏やかな口調で、続けた。


そして・・・。


今、凪咲はひとり。同じ時間を一緒に過ごし、会話を楽しむ相手はいないが、それでも彼から教わったそのルールを凪咲は実践し続けている。


その当時のこと、その人物に思いを馳せると、凪咲の胸には切ないくらいの痛みが走り、ひとりである現実を改めて突き付けられる。それでも、凪咲がそのマイル-ルを破ることはない。なぜなら、それが自分が彼と一緒に過ごした時間が、確かにあったことの証なのだと、思っているからだ。
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