きみの色

気がつくと時計の針が12時をさしていた。


鉛筆で描かれた彼を指でなぞる。

そして絵の隅に、今日の日付とローマ字で『Hazuki』と流れるようにサインを描いた。



「出来たのか?」



彼はひょいっと私の手からスケッチブックを奪うと、しばらくそれを眺めてから微笑んだ。



「おー、上手いな」


「ありがとう。…よく描けたつもりだけど、実物には叶わないや」


「はづき………、アンタの名前?」


「うん…。それ、あげる」



紙をスケッチブックからちぎって彼にあげると、彼は満足そうに笑う。


その顔を見ると、絵を描いてて良かったと久しぶりに思うことが出来た。



私が絵を描くのを楽しむ、という行為を
この男が繋ぎ止めてくれたのかもしれない。


この男の前なら…何者にもなれなかった自分でも許された気がする。



私は何者にもなれなかった。

だけど、それでもいいかも と。



「……聞いてもいい?」


「ん?」


「……なんで私の事をそんなに気にしてくれるの?
…だって私たち、ただ偶然出会っただけだし…それに、名前すらお互い知らないのに…」



考えてみれば、お互い同じ学校に通っているわけでもない。


年も違うかもしれない。


彼が何者で、どんな人なのか
私には何もわからない。


私が知っているのは
彼は綺麗で、とても美しくて、そしてとても優しいということだけ。



普通に生きていれば出会うこともなかっただろう。


偶然、街で見かけて

偶然、彼の血を拭うことになって、

偶然、彼に助けてもらっただけなのに。



私たちを引き合わせてくれたのは、おかしな話『偶然』だけだ。



それなのに、どうして。
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