シリーズ全UP済。果物のように甘いだけじゃない

『美羽。会いたい』
「……………」
切羽詰まったような大くんの声に、今すぐ会いたいと私の心も震え出す。
『美羽の家にお邪魔しちゃ駄目かな』
「い、今から?」
『もう十二時過ぎちゃうし夜中だから、美羽が出てくるのは危ないし。美羽に会いたい。お願い』
家を教えてしまうと過去のように、何度も訪ねてくるのではないだろうか。
ズルズルとした付き合いをしてしまって、結婚もできないで人生を終えていくのかもしれない。
「ショートメッセージで送るね」
『ありがとう。タクシーで向かう』


電話が切れた。
結局人生のリスクよりも、大くんに会えることを選んでしまったのだ。
両親がこのことを知ったら、ものすごく怒るだろうな。
そして、悲しませてしまうかもしれない。親孝行ができない娘でごめんなさい。
Vネックのセーターとジーンズに着替えて髪をとかす。軽くリップを塗って鏡を見つめると、今にも泣きそうな顔をしていた。
怖い。
これから、どんなことが起きるのか。想像もできなくて物凄く恐ろしい。
でも、もう逃げないでちゃんと話したい。嘘をつかないで素直にすべてを打ち明けようと思う。
チャイムが鳴った。
さっと壁時計を確認すると深夜一時を迎えようとしている。


「はい」
『俺』
「どうぞ」
オートロックを解除した。
深く息を吸い込んでドアの前に立っていると、足音が聞こえてきてピタッと止まった。チャイムが鳴るまでに間があって再び鳴ったからドアを開けてあげると、大くんが立っている。サングラスをかけてキャップを深くかぶったスタイルだった。
玄関の中に入るとサングラスを外して、射貫かれるようにじっと見つめられる。
「ただいま、美羽」
昔と同じように言って笑顔をくれた。
「鍵、かけるよ」
ガチャ。鍵のかかる音がやたらと大きく感じたのは、私の心の問題なのだろうか。
いよいよ、二人きりの空間がはじまる。
今日は仕事ではなく、プライベートだ。
「お邪魔するね」
大くんは遠慮しないでどんどん入ってくる。背中に感じる視線と視線を絡み合わせるのが怖いけれど、勇気を出して振り返った。
背の高い大くんが私を見下ろして、優しく微笑んでいる。その目をじっと見つめていると吸い込まれそうになって、慌てて目をそらした。
「怖がらないで美羽。嫌がることはしないから。座っていい?」
「ど、どうぞ」

緊張しながらコーヒーを出した私は、ソファー座っている大くんの目の前にテーブルを挟んで腰を降ろす。
何を話せばいいのだろうか。

大くんは何を伝えたくてわざわざこんな深夜に訪ねてきたのかな。二人を包み込む空気は張り詰めていて重い。
大くんが動き出したから、警戒して見ていると、バッグの中から何かを大事そうに出してテーブルに置いた。なんだろうと思って見ると、花のしおり。


「はな……」
久しぶりに「はな」に会えた気がして熱いものが込み上げてくる。
思わず胸に抱きしめた。
「ごめんな…………」
切ない声で呟いた大くんのお詫びの言葉には、色んな意味が込められているように聞こえる。
子供の形見だと知っての謝罪。
もう、私を愛せないとのお詫び。
そんな風に聞こえたのは気のせいじゃないよね。
今日、来てくれたからって期待をしては駄目なんだよね。
「美羽と会うことができたら何から話せばいいんだろうって、ずっと考えてたんだ」
すごく優しい声で言葉を紡いでいる大くんを、そっと見る。
「玲さんに偶然会って、色々と事実を知ったよ。子供は堕ろしたんじゃないんだな。……産もうとしてくれてたんだってね」
もう真実を知ってしまっている大くんに、隠すことは何もない。
「うん……。大くんのこと、大好きだったから……どうしても、産みたかったの」
「過去形?」
現在進行形と言ったところで、私と大くんの関係は変わるのだろうか。


「事務所に送ってきた手紙には偽りはないの?」
「あれは社長さんに、書けと言われたの。大くんの将来を台無しにするなと言われて……」
言いづらいけど全て言ってしまった。
大くんの成功のため身を引こうと過去に決意したのに、いいのかな……。
「社長らしいな」
「実家に社長さんと、COLORのメンバーが実家に来て、赤ちゃんを産まないようにお願いされたの」
「そっか。じゃあ、二人にも会ったことがあったんだね」
うんと頷いた。


「才能の芽を私が潰してしまうなんてことできなかった。大くんが才能に溢れているのは、近くにいて痛いほどわかっていたから……。何度も会いに行こうって思ったけど、離れることを選んだの。憎まれ役でいいって決意したの」
鼻を啜って涙を流すまいと堪えつつ、話を続ける。
「でも、どうしても赤ちゃんだけは産みたくて……。お母さんを説得してやっと理解してもらえて。産むことを選んだのに……赤ちゃんは死んでしまったの」
「そうだったんだ」

「すごく、すごく産みたかった。どんなに残酷な未来しか待っていなくても赤ちゃんを守ろうと思っていたの」

あの時の、赤ちゃんを失った日のことを思い出すと呼吸が乱れて息が苦しくなる。なんとか泣くのを堪えて大くんを見つめる。

「どうして、迎えに来てくれなかったの? もしも……大くんが来てくれたら駆け落ちするくらい覚悟はできていたんだよ」

今更、責めてはいけないことなのだろうけど、思いが溢れてしまって聞かずにはいられなかった。大くんは眉の間に皺を寄せて、小さなため息をついた。

「やっぱり、聞かされてなかったんだな。行ったよ。美羽のアパートに行ったら誰も住んでいなくて、実家に行ったんだ。でも、美羽は出掛けていてお母さんが対応してくれたんだ。美羽のお母さんは……堕ろしたと俺に言った。その時は色々と頭の中も混乱していて……裏切られたと思った。どうして美羽を信じ抜いてあげられなかったんだろう。愚かだった。ごめん」


まさか、大くんが実家に来ていたなんて知らなかった。
お母さんは大くんと私を近づけたくなかったのだろう。
あの状況だったから、お母さんの気持ちはわかるけど、せめて家に来てくれたことを知りたかった。そうすればもっと心を軽くして、生きていけたかもしれない。

「大くんは……あの時、本気で赤ちゃんを産んでほしかった?」
「当たり前だろ。俺と大好きな女の子供だったんだから」
「そう。それを聞いてはなも喜んでいると思うよ。パパとママに愛されてたんだって自信を持ってくれたかな」


立ち上がってベッドルームの方へ向かった私は「はなのお供えコーナーがあるの」と言って大くんを手招きした。
はなのしおりを定位置に置くと私は手を合わせる。
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