シリーズ全UP済。果物のように甘いだけじゃない


ランチを終えて仕事をしていると、窓から日差しが入ってきた。
眩しいなと思っていたところ、芽衣子さんはブラインドを降ろした。
他のスタッフさんは外出していて二人きり。まったりとした空気が流れている。
「もう夏だねー……」
呟いた芽衣子さんは、心なしか切なげな表情を見せた。
「紫藤さんって優しい?」
「え?」
突然の質問に唖然としたが「はい」と答える。
「少し独占欲が強いところもありますけど……」
苦笑いをする私。
芽衣子さんは自分の席に座って「それって愛されている証拠じゃない」と微笑みながら、言ってくれた。きっと、そうだと思う。納得して微笑む私に「幸せそうね」と優しい声で言った。
「私はね別れようと思ってるの……」
悲しそうに眉毛を落とした芽衣子さん。やっぱり、お付き合いしている人がいたのか。でも、どうして別れようと思ったのだろう。
聞くに聞きづらい。
「誰にも言うなって言われていて。ずっと黙ってたの。でも、もう別れるからいいよね。美羽さんだから言っちゃおうかな……」
「私なんかでいいんですか?」
「うん」
カラッとした笑顔を向けてきた。
「…………黒柳明人と……、付き合ってるの」
「……そ、そうなんですか?」
芽衣子さんの彼氏が黒柳さんだったなんて驚いた。
……けど、言われてみればここに黒柳さんが来ると必ず芽衣子さんの近くに座っていた。
「付き合って五年。結婚の「け」すら聞いたことないの。私に言うのはただひとつ。誰にも言うなってことだけ。……付き合ってるんじゃなくて、あいつにとってはセフレなのかね」
さっぱりとした口調で言っているけど、かなり傷ついているように見える。
「同じCOLORのメンバーと付き合っているのに。美羽さんはああやってライブで結婚宣言までしてもらえて幸せだよね。私、もう三十二歳だから焦ってしまうのよ。結婚がしたい」
その気持ちは痛いほど分かる。アラサーとして家庭への憧れは強くなるのだ。
「ごめんね。幸せ真っ最中の美羽さんにこんな話をしてしまって。でも、誰にも言うなって言われて五年間誰にも言ったことがなかったから、スッキリした。あいつを初めて裏切ってせいせいしたわ。ありがとう。仕事中にごめんね」
「いえ……」
シーンと沈黙が流れる。
芽衣子さんはただ結婚したいんじゃなくて、黒柳さんだからこそ結婚したいんじゃないのかな。
別れを選んでもいいのだろうか。考えて悩んで決めたことなのだろうし、引き止めるのもどうかと思うけど。
私が……芽衣子さんの立場だったら。
不安で怖いけど、少しでも可能性があるなら気持ちを伝えるかもしれない。後悔しない道を選びたいと思う。
「美羽さん、ごめんね。美羽さんだって過去に色々あって乗り越えたから今があるのにね。ごめんね」
「……いえ」
言おうか悩んだけど口を開いた。
「後悔しない道を選んでください。逆プロポーズとかも今の時代カッコイイと思います」
「あはは。気を使わせたのね。ごめん。今の話は忘れて。二人だけの秘密ね。もちろん、紫藤さんにもね」
「はい」
女と女の約束だ。絶対に誰にも言わない。

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