シリーズ全UP済。果物のように甘いだけじゃない


仕事をしながらふと窓を見ると、ずいぶん空が近くなった気がした。
もう、九月。
寒くなってきたなぁ。
明日は大くんが休みの日だ。
さっきメールが来てご飯を作らなくていいと言われた。
一緒にお出かけしてくれるのかな。ちょっと期待しちゃう。

仕事を終えて家に帰ると、大くんは珍しく六時に帰って来た。
「お帰りなさい」
玄関まで迎えに行くと、大くんはにっこりとした。いつものように抱きしめてキスしてくれる。
「美羽、温泉行こう」
「はい?」
あまりにも突然言われてきょとんとしてしまう。
いつ、どこの温泉に行こうとしているのだろうか。
「これから車で行く、いいだろ?」
「何も準備してないけど」
「手ぶらでいいよ」
そう言うから着替えを準備しただけで、他は何も持たず外へ出た。
数分後、私と大くんは車に乗っていた。

大くんの運転する車。ラジオを流しながらどんどん進んでいく。
突然でびっくりしたけれど、こうやって連れて行ってくれるのは嬉しい。
「予約とか……いつから、してたの?」
「んー、今日。紹介してもらって、たまたま空いてたから。全部で九部屋しかなくて全室露天風呂付きなんだって」
けろっと言っているけど高級そう。
まあ、大くんの財力であれば問題ないだろうけど、心配になる。
でも、大くんは私を喜ばせようとして考えてくれたことだ。
素直に感謝することにしよう。
到着した旅館は歴史がありそうで落ち着いた雰囲気だった。こんなところに泊まったことがないから怖気ついてしまう。
着物を身につけた女将さんが丁寧にお出迎えしてくださった。
部屋に入ると和室で低めのベッドが用意されていた。
あずき色の布団カバーに、落ち着いた照明。
露天風呂付まである。
テンションが上がっていく私。
窓から見える景色は自然。
「大くん、すごい!」
「美羽が喜んでくれて嬉しいよ」
後ろから抱きしめてくれる。
その腕をぎゅっと掴んで大くんの体温を感じていた。
「大くん……」
「美羽、愛してる」
大くんからの「愛してる」の言葉は魔法の言葉。顔が熱くなって力が抜けてしまう。
このままベッドに行きたい。
そう思った時、コンコンとノックが鳴った。

少し遅目の食事は部屋食。会席料理に舌鼓を打つ。
「うわぁ、とろける」
「だな。たまにはこうやってご褒美もいいだろ。これからもまた頑張って働かないとな」
「うんっ」
「美羽と、いつか授かる子供のためにも一生懸命頑張るから」
大くんの発言に一生一緒なのだと心が温かくなった。
『はな』もお空から見守ってくれているだろう。もしも、子供を授かることが出来ればどんなに幸せかな。明るくて笑顔が絶えない家庭にしたい。
過去に、はなを産めなかった。だから、同じことを繰り返さないか不安はある。
悪いことをばかり考えていても駄目なんだけど。
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