シリーズ全UP済。果物のように甘いだけじゃない


いつも通り仕事をしていた。
美羽さんは元々会社勤めしていたおかげで、仕事が早い。
覚えるのも早いしこのまま働いてもらいたいけど、結婚して子供が出来てしまえばそうはいかないだろうな。
金銭的には余裕があるし、子供のそばにいてあげる方がいいに決まっている。
「お疲れ様―」
気怠そうな声で入ってきたのは、黒柳明人。
別れた元彼女がいるのによくもまあ、ノコノコと来られるものだ。
そして、当たり前のように、私の隣の椅子に腰をかける。
「お疲れ様です」と皆挨拶していて、昔と全く変わらない光景だ。
そして、明人はお昼寝を開始する。
……でも、私はショールをロッカーから出してかけてはあげない。
スースーと寝息が聞こえてきた。
なんて、マイペースな男なのだろうか。
「先輩、合コン行ったんですよね? どうでした?」
若い社員が興味津々に聞いてくる。
しかも、明人がいる前で……。
美羽さんは驚いたような表情を向けてきた。
ピタッと寝息が止まった。
もしかしたら、明人は意識が戻っているのかもしれない。
でも、構わない。
私と明人は関係ないのだから。
「声かけてくれた人がいてね。いい人だったかな」
「デートの約束したんですか?」
「あー……うん。お誘いしてくれたけどね」
「職業は?」
「弁護士なの」
「いいな。じゃあ結婚も間近ですね! 美羽さんも、芽衣子さんも結婚かぁ」
昼下がりの事務所がほのぼのとした。
ちょっと、気が早いんじゃないかと思ったけれど、反論するのも面倒だから何も言わずにキーボードを打ち始める。
カタカタと音がして静まり返った部屋に「合コンで知り合って結婚したってうまくいくわけないじゃん」と明人の声が響いた。
椅子の背もたれによしかかったまま明人は言葉を続ける。
「合コンなんて、いい部分しか見せないだろうし。たった一回会っただけでその気になるなんて逆に怪しい。弁護士なんて口がうまいに決まってる」
「言われてみれば……そうかもしれないですね」
若い社員が納得したように頷く。
美羽さんは複雑そうな表情をするだけで、話に加わろうとしない。
「……ありえないね」と言って鼻でふんっと笑うのだ。憎たらしいったらありゃしない。
「黒柳さんみたいに出会いがたくさんあるわけじゃないので」
イラッとして静かな声で言い返す。
「俺だってべつに……」
何かを言いかけて立ち上がった明人は、不機嫌そうな態度で出て行った。
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