シリーズ全UP済。果物のように甘いだけじゃない

到着したのは11時。大きな総合病院だ。
玄関で立っていると、一人の女性が声をかけてきた。
「あの……赤坂さんでしょうか?」
「はい。はじめまして、赤坂です」
「わざわざ、ありがとうございます」
「いいえ」
深く頭を下げてくれた久実ちゃんのお母さんは、優しそうな雰囲気だがどこか疲れているように見えた。看病したり、気疲れをしているのだろうか。
玄関で軽く挨拶をして、早速病室に向かって歩いて行く。
広いロビーだ。
俺はまだそんなに有名じゃないから、平日で今日は人がいっぱいいるが気がつかれない。
「きっと、喜ぶと思いますよ。来週、手術なので怖がっている時だったんです」
エレベーターのボタンを押したお母さん。
「赤坂さんのことが大好きで、いっつも赤坂さんが写っている雑誌を見てるんです。そして、いつも赤坂さんみたいな素敵な彼氏を作って結婚したいって言うんです。あの子の生き甲斐になって下さり、ありがとうございます」
「いえ……とんでもない」
到着したエレベーターに乗り込んだ。お母さんは八階を押す。静かに上がって目的の階にすぐについた。

エレベーターを降りるとナースステーションがあり、左に曲がると、長い廊下があった。歩いて行くと二人部屋がありカーテンがされている。
ここに久実ちゃんが入院しているのか……。
「久実、お客様よ」と言って中に入るお母さんの後ろについて入る俺。
緊張していた。小さな子供と何を話せばいいのか。妹と同じ歳の久実ちゃんだが、妹には最近会っていないからわからない。
ベッドの背を上げてもたれるように座っていた久実ちゃんは、俺を見ると目を見開いた。
ベッド周りには俺が雑誌に掲載された切り抜きが飾ってあり、俺のイメージカラーの赤いものが多く置かれていた。二人部屋だが今は一人だけしかいないらしい。」
「……えぇ、嘘っ……!」
人がこんなにも驚く姿を初めて見た。
現実なのか、夢なのか理解できないような表情で、口は半分開いている。
「こんにちは。赤坂です。手紙ありがとう」
「…………」
顔がだんだんと赤くなって、俺を見つめる瞳には涙が浮かび上がってきた。
えっ、俺……泣かせるようなこと言ったか? 軽くパニックを起こしていると、久実ちゃんは泣きながら「握手してください」と手を差し出してきた。
「あ……うん」
両手で久実ちゃんの手を包み込むように触れると、すごく冷たい。至近距離で見る久実ちゃんは可愛らしい女の子だった。細くて折れてしまいそうな弱々しい体をしている。
「わぁ、赤坂さんだ……。お手紙読んでくれたんだね! ありがとうございます!」
「いいえ。頑張ってるんだって?」
視線を合わせながら会話をする。病気なのに明るさに圧倒された。
久実ちゃんのお母さんは、俺に椅子を出してくれた。
腰を掛けて久実ちゃんに袋を渡す。
「まだ寒いからブランケットなんだけど、使ってくれるか?」
「もちろんっ。もらってもいいの?」
目がキラキラしている子だ。吸い込まれそうな瞳をしている。
「ああ、久実ちゃんのために買ったんだから」
「ありがとうございますっ」
この子だからこそ、大変な病になったのかもしれないと思った。久実ちゃんだからこそ、乗り越えられる難なのかもしれない。
「見てもいい?」
「久実、失礼でしょう」と叱るお母さん。悲しそうな表情をする久実ちゃんに俺は「どうぞ。見てほしいな」と言って微笑んだ。
恥ずかしそうに久実ちゃんは「ありがとうございます」と言って袋を開けた。中にはチェックのブランケット。ぬいぐるみとかもいいのかなとは思ったのだが、これはこれでいいかなと考えて選んだ。
「わぁーかわいい。あったかそう」
ブランケットをぎゅっと抱きしめて喜んでくれる。そんな姿を見て良かったと安心した。
「大事にします」
「気に入ってくれて嬉しいよ。久実ちゃんは12歳なんだよな?」
「はい。4月から中学生なの。早く治して学校行きたい」
「だよな」
頑張れよ……なんて安易なことを言えなかった。もう、久実ちゃんは充分に頑張っているのだから。
ベッド周りを見渡すと、俺の雑誌の切り抜きがある。こんなに自分のファンでいてくれるのを知って心からありがたいと思った。
「こんなに……応援ありがとな」
「本当に大好きです。元気になったらライブ行きたいの。いっぱい勉強して大きくなったら働いて、COLORのグッズを集める!」
「ああ、よろしくな」
「はいっ」
ツインテールが揺れるほど大きく頷いた久実ちゃん。
「それでね、赤坂さんみたいなイケメンで優しい彼氏を作りたい」
「あはは、そりゃいい」
俺がくすっと笑うと、久実ちゃんも笑った。そして、表情が変わったからどうしたのかなと思って見つめる。
「赤坂さん……あの、サイン書いてもらえますか?」
「いいよ」
「やったぁー!」
ノートを出した久実ちゃん。サインを書いた。実はあまりサインなんて慣れていなくて……。練習通り書けたと思う。
お母さんは「一生の宝物ね」と言って、嬉しそうにしてくれている。
写真も一緒に撮った。顔を寄せ合ってピースをした。
そしてもう少しだけ、久実ちゃんと話をする。お母さんもニコニコしながら座っていた。
「手術が成功したら元気になる。そうしたら、いっぱい好きなコトしたいの」
明るくて凄くいい子だ。12歳なのにちゃんと人の話を聞くし、理解力もあって頭のいい子だと思った。
大樹は大学生もしているが、俺は芸能界の仕事だけをしている。本を読むのはまあ好きだが勉強は嫌いだった。
俺は芸能人としてファンサービスが出来ただろうか。
久実ちゃんは喜んでくれたようだけど……。
腕時計をちらっと見るとお昼近くになっていた。あまり長居するのも良くないと思い帰ろう。別れの言葉を告げようと思ったら、久実ちゃんは悲しそうな顔をした。勘のいい子だ。
「また……会える?」
「あ、ああ」
そんな風に言われるなんて想定してなかったから、答えに困ってしまった。最初で最後なんて言える雰囲気ではない。中途半端な激励は良くない気がした。
俺は久実ちゃんが元気になるか……もしくは悪くなるか、最後まで見届けないといけない気がした。
そして、俺のファンでいてくれる人のために真剣に仕事をしていこうと誓う。
立ち上がった俺は久実ちゃんに微笑みかける。
久実ちゃんは悲しそうな表情から、無理矢理笑顔を作った。俺に気を使っているようなそんな表情だ。
じっと見つめられて困っていると、お母さんは「赤坂さんだって忙しいの。無理なこと言わないのよ」とちょっとキツメに言った。
「…………うん」
あまりにも悲しそうな顔だったから胸が痛んだ。うつむいてしまった久実ちゃん。
「手術結果がどうなったか、またお母さんに連絡して聞くから」
「手術が成功しても、会ってね」
「わかった。元気になったら行きたいところ連れて行ってやる」
俺はつい約束をしてしまった。久実ちゃんの笑顔が見たかったから。
細い指と俺の小指は絡ませた。しっかりと、指切りげんまんをした。
「また会おう。俺と、久実ちゃんは友達だ。これからは、お互いを応援し合おうぜ」
「ありがとう!」
「じゃあ、またね」
笑顔で手を振ってくれた久実ちゃん。俺も軽く手を上げて廊下に出た。
お母さんが玄関まで見送ってくれる。何度も深く頭を下げた。
「本当に本当にありがとうございます」
「いえいえ、俺は何も……」
お母さんは目に涙を滲ませている。こんなに感謝されるなんて思わなかった。
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