シリーズ全UP済。果物のように甘いだけじゃない


久実ちゃんとの出会いのあと、俺は付き合っている女、梨紗子の家に行くために電車に乗っていた。病院の消毒の匂いがついている気がして落ち着かない。
母親が亡くなった時を無性に思い出していた。
席は空いていたがゆっくり座りたい気分になれなくて、手すりに背をつけて窓から流れる景色を見ていた。
付き合っていると言っても時間が合うわけじゃないし頻繁には会わない。
会いに行くのは何度目だろう。東京と言っても外れにあるから、どんどんと高層ビルは見えなくなっていく。
深夜のテレビ収録で出会った。
声をかけてきた梨紗子は、そこそこ売れているモデルさんだ。2つ年上で綺麗な人だけど相手のことはよくわかっていない。付き合ってから二ヶ月。
デートらしいデートはしたことないし、メールもたまにしか来なかった。
電車を降りて住宅街を歩く。
彼女の家に着いたのは14時。
玄関に入ると甘い香水の匂いがした。あいつは、こんな匂いだったかな。
「お邪魔します」
「どーぞ」
俺よりは名の知れている彼女は、綺麗だ。
今まで付き合った女の中でもずば抜けている。収録で出会ったその晩、俺と梨紗子はセックスをした。
好きとか、嫌いとか、よくわからないけど……付き合っている。今まで好きだと思った人はいない。気持ちよりも体のほうが先に成長してしまった感じだ。
ワンルームの彼女の部屋。アクセサリーが整理されていたり、服がいっぱいある。
ベッドに座ってまったりしていた俺は、何もすることがなかったから、彼女を押し倒した。
「もう、なーにー?」
「しよ」
「えー。まだ来たばかりじゃん」
セーターを着ていた彼女を抱きしめる。服の中に手を滑らせて肌に触れると甘い声を出して答えてくれる。俺だって男だ。綺麗な女がいればやりたくなる。
チュッチュッと音を立てて首筋に吸い付いていく。
「ちょっと……っ、もぉう……んっ」
俺の背中に手を回して答えてくれる。
お互いに気持ちのいいところを探り合って、お互いのことを知っていく。
「成人くん……」
恋人になる定義はよくわからないけれど、気持ち良ければいいかなって思う。
「ほら、もっと足開けって」
「いやっん」
顔を赤らめている彼女を見下ろしていた。
こんな風に体から始まる関係もありかもしれない。
どこまで続くかわからないけれど、まあ、いいやって思った。
真剣に生きている久実ちゃんには申し訳ないけれど、俺はこういう人間なのだ。
果てた俺らはしばらく眠ってしまい、目を覚ますと夕方だった。体は満たされているがなんとなくスッキリしない。
体を起こしてベッドから抜けだした。ふっとゴミ箱を見るとコンドームが捨ててある。俺が使用したものではない。
不思議と嫉妬心は湧いてこなくて、へぇ……そうなんだ……としか思わなかった。起きてきた彼女はラフな格好をして近づいてきた。
「成人くんってエッチうまいね。まだ若いのに」
にこっと笑ってから、冷蔵庫をあけてミネラルウォーターを飲んでいる。俺は、俺以外の男としてしまう女を軽蔑していた。仮にも付き合っているのだから。俺は彼女がいる時は不特定多数の女としない。バカバカしいことはするつもりはなかった。
「あのさ、使用済みコンドームがあったんだけど」
さっと表情を変えた彼女。
「だから?」
「だからって……。俺たち付き合ってんだろ?」
強い口調で言うとさっきまでの表情をころりと変えて、人をバカにしたような顔になった。
「……ってゆーか、あんたみたいな売れてない男を本気で愛すと思ったの?」
俺は遊ばれていたってこと? 豹変ぶりに驚く。
芸能界に入るまでもモテていて、告白されてきていた。だから、こいつも俺を好きだと思ってくれていると信じていたのだ。芸能界の女は恐ろしい。
「マジかよ。まあ、いいや。俺は不特定多数の男とする女は無理だから。今までありがと」
「ずいぶん、さっぱりね」
「お前のことは気に入ってたけど……無理だわ。じゃあ」
服に着替えて部屋を出た。
春も近いのに、冷たくてなんだか惨めな気持ちになる。
空を見上げてため息をついた。
「なにやってんだろ、俺……」
ちくしょう。絶対に見返してやる。
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