シリーズ全UP済。果物のように甘いだけじゃない
芸能人になって大金も手に入れたし、大くんはきっと変わってしまっただろう。ワガママを言ってもまわりは聞いてくれるだろうし。
昔からちょっとだけ強引な性格だったから、俺様になってたりして……。
でも、私とは関係ないもんね。
杉野マネージャーにわからないように、息を深く吸って吐き出す。胸が痛い。
スイートルームに宿泊している大くんの部屋に向かう。
一般客とは別のエレベーターがあり、裏道のようなところを通ってエレベーターに辿り着いた。

「VIPはすごいよな。同じ人間で同じ日本人なのに、いつも芸能人は違う世界の人だと感じるよ」
エレベーターの中も違う気がする。なんだか、絨毯がふかふかしているのだ。ドアがサーッと静かに開くと、大きな扉がいくつか見えた。
ゆっくり歩いて行く。



「ここだ」
待ってと言いたかったけれど、そんなことは許されず。
躊躇なくチャイムを押す杉野マネージャー。怖くて帰りたい。
どうしよう。あと数秒後に、会ってしまうのだ。もう、逃げられない……。
覚悟を決めていたつもりなのに、こんなにも心が揺れるなんて思わなかった。私は今でも、大くんを好きなのだろうか。
ドアがガチャっと開く。ドキッとすると出てきたのは池村さん。
「お迎えに上がりました。よろしくお願いします」
杉野マネージャーが言う。
「よろしくお願いします。お待ちください」
冷静な口調で挨拶をして中へ入って行った。
数分、待っていた。自分の震える呼吸が聞こえてくる。杉野マネージャーは「おいおい、安心しろ」って言って笑っている。
「スマイルだぞ、初瀬」
なんて言われてしまうほど、顔が強張っているのかもしれない。心臓が痛い。息が苦しい……肺にスライムが流れこんできたような、べっとりとくっついて、まとわりついて離れないようなしつこい感覚。
< 58 / 291 >

この作品をシェア

pagetop