シリーズ全UP済。果物のように甘いだけじゃない
実家に来て三日目。
お母さんがと二人で、リビングにいた。
何も話さないまま黙ってテレビを見ていると大くんが映り、お母さんは電源を消した。
「今、何週なの?」
「六週……」
「あまり時間が無いわね。美羽、どうしても産みたい?」
「うん」
「紫藤さんと結婚できないかもしれないし、一生、彼と会えないかもしれない。それでも?」
それでも、私は赤ちゃんを産みたい。辛くても、苦しくても……。
「お父さんは、色々考えてくれたんだと思う。二人にとって一番いい未来を。娘をあんなに愛してくれて……嬉しいよ。でも、彼の仕事は人気商売。夢を与えることなのよ」
「……うん」
まさか、自分がシングルマザーになるなんて考えてもいなかった。でも、心のなかではまだ、大くんが迎えに来てくれると、期待しているのかもしれない。
そんな話をした夜。お父さんが帰ってきた頃、COLORが所属している事務所の社長さんが訪ねてきたのだ。COLORのメンバー、黒柳さんと、赤坂さんも一緒に来た。
お茶を出すお母さんに「お構いなく」と言って名刺を出した彼女は、大澤穂希さんと言って、とても美人な女社長。
「まずは、うちの大事な商品に、傷をつけたお詫びをしていただけますか?」
「……と、言いますと?」
「顔に傷がついておりまして、仕事をいくつかキャンセルさせたので」
「うちの大事な娘を妊娠させておいて、なんですかそれ!」
お父さんの怒りは、じわじわとこみ上げているようだった。
「ええ。お互いに一番いいのは、やはり、中絶だと思います。お嬢様の将来のためにも」
「嫌です」
咄嗟に言い返すと、大澤さんは笑顔を向けてきた。だけど、ひどく冷たいものだ。
「日本中に愛されるべき男をそんなにも、独り占めしたいの?」
「……」
言葉に詰まると「俺らの夢を壊さないでください」と二人は土下座し始める。
自分の幸せが人の夢を壊す……。そんなこと、考えもしなかった。
お母さんは震えながら「帰ってください」と言う。
「お腹の子供には罪はありません。子供のことは、私達家族でなんとか、考えます。不安定な職業の男性と結婚なんてさせられません」
「ええ。同意見です」
ニコッと笑った大澤さんは封筒を差し出した。
「少ないですが、お詫びの印です」
お父さんは、それを投げつける。
「いりません」
「あとで色々言われても困りますので」
余裕たっぷりの大澤さん。後ろで赤坂さんと、黒柳さんは、俯いていた。
「紫藤にも、伝えておきます。もう、二度と会うなと。堕ろしたことも伝えますので。では」
家を出て行った失礼な集団を、私は睨んだ。
+
大くんに会えなくなって一週間が過ぎた頃、実家近くの公園で空を見ていると、人が近づいてきた。大澤さんだ。
「こんにちは」
「……っ」
「まだ、お腹にいるの?」
「……」
私が座っているベンチの隣に腰を降ろした大澤さんは、私に日傘を差してくれる。
「愛してるのね。紫藤を愛してくれて本当に、ありがとう」
柔らかい声が耳に届いて驚いた私は、思わず大澤さんを見てしまった。
「この前は失礼な言い方してごめんなさいね。紫藤は、本当に才能がある男なの。きっと十年後は、知らない人はいないくらいになってるわ。歌だけじゃなくて、演技も、番組の司会もできるマルチタレントになっていると思う」
柔らかな風が吹く。だけど、それは切なくて泣きそうになった。
「今は小さな種かもしれない。だけど、間違いなく大きく花が咲くわ。あなたなら、近くで見ていたからわかるでしょう? 沢山の人に愛されて、ファンの方が幸せになれるのよ。結婚もタイミングがあるのよ。祝福される時と、憎まれる時期とね……」
コクリと頷いた。痛いほどわかる。大くんは、スターになるべきして生まれた人なのだ。
「その彼の可能性を、あなたが奪っていいの? 大事な芽を潰してもいいの? 愛しているなら、身を引くって選択もあるのよ。静かに見守る愛もあるの。女としてそういう愛し方もあるのよ」
涙がポロッと落ちた。ハンカチをさっと出してくれる。
「紫藤も辛いはずよ。だからね、あなたに憎まれ役を演じてもらいたいの」
「どうやって、ですか?」
「手紙を書いてもらえないかな。中身は嘘だらけになるかもしれないけれど」
「嘘?」
「紫藤との結婚よりも、未来の安定を選びましたって」
「……」
「辛い思いをさせて本当に本当に、申し訳ないわ」
「……わかりました」
手紙を書いて、大澤さんへ郵送することを約束した。
私は……大くんの幸せと、COLORの夢、沢山のファンのハッピーを選んだのだ。
すべてを犠牲にして自分だけがいい思いをするなんて、できない。
家に帰って手紙を書いていると、お母さんが帰ってきた。公園で大澤さんに会ったことを伝える。
「そう……」
「でもね、もう少しギリギリまで赤ちゃんのことは考えさせて。お母さん……わがままな娘でごめんね」
「美羽」
ギュッと抱きしめてくれた、お母さん。
「女として産みたいのは、わかる。……お母さんと一緒に育てようか」
「いいの?」
「お父さんを一緒に説得しよう」
「ありがとう……お母さん」
抱きしめ合って、涙を流した。もう、メソメソしていられない。お腹の子供のために、頑張らなきゃ。
二日後、手紙を書き終えた。ポストに投函する瞬間、もう、永遠に大くんに会えないのだと思うと、悲しくて逃げ出したかった。
「大くん……っ」
短い期間だったけど、見つけてくれて、愛してくれてありがとう。絶対に、スターになって幸せを世の中に届けてください。
大くん笑顔、怒った顔、泣きそうな顔、リラックスした顔、キスした直後の照れた顔がフラッシュバックのように蘇った――。
ストンと手紙はポストの底に落ちた。
さようなら、大くん。
お母さんがと二人で、リビングにいた。
何も話さないまま黙ってテレビを見ていると大くんが映り、お母さんは電源を消した。
「今、何週なの?」
「六週……」
「あまり時間が無いわね。美羽、どうしても産みたい?」
「うん」
「紫藤さんと結婚できないかもしれないし、一生、彼と会えないかもしれない。それでも?」
それでも、私は赤ちゃんを産みたい。辛くても、苦しくても……。
「お父さんは、色々考えてくれたんだと思う。二人にとって一番いい未来を。娘をあんなに愛してくれて……嬉しいよ。でも、彼の仕事は人気商売。夢を与えることなのよ」
「……うん」
まさか、自分がシングルマザーになるなんて考えてもいなかった。でも、心のなかではまだ、大くんが迎えに来てくれると、期待しているのかもしれない。
そんな話をした夜。お父さんが帰ってきた頃、COLORが所属している事務所の社長さんが訪ねてきたのだ。COLORのメンバー、黒柳さんと、赤坂さんも一緒に来た。
お茶を出すお母さんに「お構いなく」と言って名刺を出した彼女は、大澤穂希さんと言って、とても美人な女社長。
「まずは、うちの大事な商品に、傷をつけたお詫びをしていただけますか?」
「……と、言いますと?」
「顔に傷がついておりまして、仕事をいくつかキャンセルさせたので」
「うちの大事な娘を妊娠させておいて、なんですかそれ!」
お父さんの怒りは、じわじわとこみ上げているようだった。
「ええ。お互いに一番いいのは、やはり、中絶だと思います。お嬢様の将来のためにも」
「嫌です」
咄嗟に言い返すと、大澤さんは笑顔を向けてきた。だけど、ひどく冷たいものだ。
「日本中に愛されるべき男をそんなにも、独り占めしたいの?」
「……」
言葉に詰まると「俺らの夢を壊さないでください」と二人は土下座し始める。
自分の幸せが人の夢を壊す……。そんなこと、考えもしなかった。
お母さんは震えながら「帰ってください」と言う。
「お腹の子供には罪はありません。子供のことは、私達家族でなんとか、考えます。不安定な職業の男性と結婚なんてさせられません」
「ええ。同意見です」
ニコッと笑った大澤さんは封筒を差し出した。
「少ないですが、お詫びの印です」
お父さんは、それを投げつける。
「いりません」
「あとで色々言われても困りますので」
余裕たっぷりの大澤さん。後ろで赤坂さんと、黒柳さんは、俯いていた。
「紫藤にも、伝えておきます。もう、二度と会うなと。堕ろしたことも伝えますので。では」
家を出て行った失礼な集団を、私は睨んだ。
+
大くんに会えなくなって一週間が過ぎた頃、実家近くの公園で空を見ていると、人が近づいてきた。大澤さんだ。
「こんにちは」
「……っ」
「まだ、お腹にいるの?」
「……」
私が座っているベンチの隣に腰を降ろした大澤さんは、私に日傘を差してくれる。
「愛してるのね。紫藤を愛してくれて本当に、ありがとう」
柔らかい声が耳に届いて驚いた私は、思わず大澤さんを見てしまった。
「この前は失礼な言い方してごめんなさいね。紫藤は、本当に才能がある男なの。きっと十年後は、知らない人はいないくらいになってるわ。歌だけじゃなくて、演技も、番組の司会もできるマルチタレントになっていると思う」
柔らかな風が吹く。だけど、それは切なくて泣きそうになった。
「今は小さな種かもしれない。だけど、間違いなく大きく花が咲くわ。あなたなら、近くで見ていたからわかるでしょう? 沢山の人に愛されて、ファンの方が幸せになれるのよ。結婚もタイミングがあるのよ。祝福される時と、憎まれる時期とね……」
コクリと頷いた。痛いほどわかる。大くんは、スターになるべきして生まれた人なのだ。
「その彼の可能性を、あなたが奪っていいの? 大事な芽を潰してもいいの? 愛しているなら、身を引くって選択もあるのよ。静かに見守る愛もあるの。女としてそういう愛し方もあるのよ」
涙がポロッと落ちた。ハンカチをさっと出してくれる。
「紫藤も辛いはずよ。だからね、あなたに憎まれ役を演じてもらいたいの」
「どうやって、ですか?」
「手紙を書いてもらえないかな。中身は嘘だらけになるかもしれないけれど」
「嘘?」
「紫藤との結婚よりも、未来の安定を選びましたって」
「……」
「辛い思いをさせて本当に本当に、申し訳ないわ」
「……わかりました」
手紙を書いて、大澤さんへ郵送することを約束した。
私は……大くんの幸せと、COLORの夢、沢山のファンのハッピーを選んだのだ。
すべてを犠牲にして自分だけがいい思いをするなんて、できない。
家に帰って手紙を書いていると、お母さんが帰ってきた。公園で大澤さんに会ったことを伝える。
「そう……」
「でもね、もう少しギリギリまで赤ちゃんのことは考えさせて。お母さん……わがままな娘でごめんね」
「美羽」
ギュッと抱きしめてくれた、お母さん。
「女として産みたいのは、わかる。……お母さんと一緒に育てようか」
「いいの?」
「お父さんを一緒に説得しよう」
「ありがとう……お母さん」
抱きしめ合って、涙を流した。もう、メソメソしていられない。お腹の子供のために、頑張らなきゃ。
二日後、手紙を書き終えた。ポストに投函する瞬間、もう、永遠に大くんに会えないのだと思うと、悲しくて逃げ出したかった。
「大くん……っ」
短い期間だったけど、見つけてくれて、愛してくれてありがとう。絶対に、スターになって幸せを世の中に届けてください。
大くん笑顔、怒った顔、泣きそうな顔、リラックスした顔、キスした直後の照れた顔がフラッシュバックのように蘇った――。
ストンと手紙はポストの底に落ちた。
さようなら、大くん。