シリーズ全UP済。果物のように甘いだけじゃない
その後、あの家は引き払い実家で暮らし始めた。
新しい携帯にし、玲に連絡を取り、しばらくこっちにいることを伝える。
『そうだったのね。心配したよ。でも、産む決意をしたんだね。安産を祈ってるから』
大学は夏休み期間中を終える前に、休学手続きを取ることにした。
母子手帳をもらって、私は名前を考えていたりしている。女の子かな。男の子かな。出産への不安はあるけれど、やっぱり、楽しみだ。早く、成長しないかな。会いたいな。
お母さんも、私を妊娠中、こんな気持ちだったのだろうか?
悲しい中でも、前向きに頑張ろうと思っていた。
八月下旬になって定期健診に向かうと、お医者さんは表情を明らかに変えた。
嫌な予感がした。
「……どうかしましたか?」
「胎児の活動が停止しています」
「……え? どういう意味ですか?」
「一週間後にもう一度見てみましょう。もしかすると、心臓が動き出すかもしれません」
「動かなかったら……」
「残念ながら」
どうして、どうして。
守りたいものを奪うの?
誰かが悪いわけじゃない。
わかっているけれど、わかってるんだけど……。
お願い。私と大くんの大事な大事な赤ちゃんを助けてください。
声を張り上げて泣いたのは、初めてだったかもしれない。
祈るような気持ちで検査に行ったけれど、赤ちゃんの心臓は……もう、動かなかった。
手術を終えてベッドで目を閉じている。今日は病院に入院し、明日、退院だ。
お腹に手をあてる。もう、いないんだ……赤ちゃん。大くんの赤ちゃん……。
手を握っていてくれるお母さん。閉じている瞼から、涙がこぼれ落ちる。
「あなたなら、乗り越えられる試練なのよ」
「試練……」
「美羽を強くしてくれるために、赤ちゃんは宿ったの」
「怒らないの? 避妊に失敗してって」
「いっぱい怒ったでしょう。二人が愛していたのは、わかったから……もう、怒れない」
すごく優しい表情で頭を撫でてくれるお母さん。母親の偉大さを知ってジーンとした。
「夢を見たの」
「夢?」
「女の子だった。たんぽぽに囲まれて、可愛い顔した……大くんにそっくりの赤ちゃん」
「そう」
「にっこりしてたの。ママ、大好きって言っているような気がしたよ」
母は黙って話を聞いてくれていた。
退院手続きを終えて、ゆっくり歩いて行く。病院を出たところに、元気に伸びたたんぽぽがあった。しゃがんで摘む。
「はな……」
「ん?」
「はなが……見守ってくれている気がするよ、お母さん」
私はそのたんぽぽを押し花しおりにして、お守りのようにして持ち歩いた。
大学を辞めてもいいと言ってくれたけれど、通う決意をし、夏休みを終えると普通の大学生になった。
実家から通うのはちょっと大変だけど、一人になる勇気はなかったの。
玲も今まで通り接してくれたし、私は勉強を頑張ろうと思う。お父さんと、お母さんにたくさん迷惑をかけてしまったから……恩返ししたい。
+
あんなに大きなでき事だったのに、今はもう過去。
私は大学を卒業し、甘藤に入社した。
大くんは、月曜夜九時のドラマに出るらしい。
……けど、見ない。世間の話題についていけなくても、見たくない。
果物のように甘いだけじゃない、苦くて、辛い恋はもう思い出したくない。
きっと……。
もう、大くんと私の人生は交わることがないだろう。
過去のことに執着したって、苦しくなるのは自分だし。大くんだって、結果、スターの階段を上がっていて、幸せになっている。
好きな者同士が、一緒にいることだけが幸福じゃない。
……と、言い聞かせながら私は歩いて行く。
新しい携帯にし、玲に連絡を取り、しばらくこっちにいることを伝える。
『そうだったのね。心配したよ。でも、産む決意をしたんだね。安産を祈ってるから』
大学は夏休み期間中を終える前に、休学手続きを取ることにした。
母子手帳をもらって、私は名前を考えていたりしている。女の子かな。男の子かな。出産への不安はあるけれど、やっぱり、楽しみだ。早く、成長しないかな。会いたいな。
お母さんも、私を妊娠中、こんな気持ちだったのだろうか?
悲しい中でも、前向きに頑張ろうと思っていた。
八月下旬になって定期健診に向かうと、お医者さんは表情を明らかに変えた。
嫌な予感がした。
「……どうかしましたか?」
「胎児の活動が停止しています」
「……え? どういう意味ですか?」
「一週間後にもう一度見てみましょう。もしかすると、心臓が動き出すかもしれません」
「動かなかったら……」
「残念ながら」
どうして、どうして。
守りたいものを奪うの?
誰かが悪いわけじゃない。
わかっているけれど、わかってるんだけど……。
お願い。私と大くんの大事な大事な赤ちゃんを助けてください。
声を張り上げて泣いたのは、初めてだったかもしれない。
祈るような気持ちで検査に行ったけれど、赤ちゃんの心臓は……もう、動かなかった。
手術を終えてベッドで目を閉じている。今日は病院に入院し、明日、退院だ。
お腹に手をあてる。もう、いないんだ……赤ちゃん。大くんの赤ちゃん……。
手を握っていてくれるお母さん。閉じている瞼から、涙がこぼれ落ちる。
「あなたなら、乗り越えられる試練なのよ」
「試練……」
「美羽を強くしてくれるために、赤ちゃんは宿ったの」
「怒らないの? 避妊に失敗してって」
「いっぱい怒ったでしょう。二人が愛していたのは、わかったから……もう、怒れない」
すごく優しい表情で頭を撫でてくれるお母さん。母親の偉大さを知ってジーンとした。
「夢を見たの」
「夢?」
「女の子だった。たんぽぽに囲まれて、可愛い顔した……大くんにそっくりの赤ちゃん」
「そう」
「にっこりしてたの。ママ、大好きって言っているような気がしたよ」
母は黙って話を聞いてくれていた。
退院手続きを終えて、ゆっくり歩いて行く。病院を出たところに、元気に伸びたたんぽぽがあった。しゃがんで摘む。
「はな……」
「ん?」
「はなが……見守ってくれている気がするよ、お母さん」
私はそのたんぽぽを押し花しおりにして、お守りのようにして持ち歩いた。
大学を辞めてもいいと言ってくれたけれど、通う決意をし、夏休みを終えると普通の大学生になった。
実家から通うのはちょっと大変だけど、一人になる勇気はなかったの。
玲も今まで通り接してくれたし、私は勉強を頑張ろうと思う。お父さんと、お母さんにたくさん迷惑をかけてしまったから……恩返ししたい。
+
あんなに大きなでき事だったのに、今はもう過去。
私は大学を卒業し、甘藤に入社した。
大くんは、月曜夜九時のドラマに出るらしい。
……けど、見ない。世間の話題についていけなくても、見たくない。
果物のように甘いだけじゃない、苦くて、辛い恋はもう思い出したくない。
きっと……。
もう、大くんと私の人生は交わることがないだろう。
過去のことに執着したって、苦しくなるのは自分だし。大くんだって、結果、スターの階段を上がっていて、幸せになっている。
好きな者同士が、一緒にいることだけが幸福じゃない。
……と、言い聞かせながら私は歩いて行く。