シリーズ全UP済。果物のように甘いだけじゃない

撮影がはじまると、大くんは再びスイッチが入る。眼の色が変わるのだ。赤にも青にも自在に変えられるような……そんな才能があるように感じた。
何度もリッチマンゴープリンを食べてセリフを言う。

「リッチな気分を味わいたい日に」とか「贅沢にマンゴーを入れました」とか。


「甘さを二人で分け合おう」とか。我が社が考えたクサイセリフなのに、大くんが言うと様になるから驚いてしまう。外国人モデルも撮影に協力してもらい、食べさせあったり。すごくセクシーな視線が絡み合うのを見ていると、私には刺激が強すぎる気がした。
きっと、何度も食べてお腹いっぱいになっているはずなのに、嫌な顔をしないで頑張っている。一時間ほど撮影をして休憩に入る時は、さすがにお腹が苦しそうだった。


「紫藤さんにお茶出してきて。ねぎらうのも仕事だからな」
杉野マネージャーは私を残して、現場監督と打ち合わせに行ってしまう。
椅子に座っている大くんの元へ行き、しゃがんだ私は恐る恐るお茶を差し出す。
「お疲れ様です。疲れておりませんか?」
ギロッと私を睨んだ。
「疲れてるに決まってんだろ」
大くんはとひどく冷たい声で言った。しかも、私だけに聞こえるように。
ショックで、頭が締め付けられるように頭痛がした。
震える手でお茶を渡そうとすると、バシャッとこぼしてしまったのだ。
タイミングよくかわしてくれたから、大くんにはかからなかったけど、かなり動揺してしまう。

「も、申し訳ありませんっ!」
「……ドジ」
小さな声で言われる。もう、無理だ。

このままここにいるなんて耐えられない。泣きそうになるのを必死で堪えつつ「本当に申し訳ありませんでした」と、何度も頭を下げるしかない。
様子がおかしいことに気がついた杉野マネージャーが助けに来てくれる。事情を大くんが説明すると、
「お前、お茶くらいちゃんと渡せって。紫藤さん大変に申し訳ありません」
私のために、頭を深く下げてくれた。
「いいえ。気にしていませんよ。初瀬さんも疲れてきたんじゃないですか? 無理はしないでくださいね」
ニッコリと営業用スマイルを向けてきた。二重人格だ。
心の中でそんなことを思ったけど、まさか口には出せない。
「本当にすみませんでした」
「あまり、気にしないでください。大丈夫だから」
二人きりでいる時は冷たいのに……。やっぱり、恨んでいるのだろうな。過去のことを――。
「では、続きもよろしくお願いします」
杉野マネージャーは綺麗に頭を深く下げて、撮影が再開された。
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