シリーズ全UP済。果物のように甘いだけじゃない

海辺の撮影を終えると、スタジオでの動画撮影に入り、すべて終わったのは二十一時が過ぎた頃だった。思ったよりも早く終わることができて、一安心のような杉野マネージャー。私も、やっと大くんから解放される(仕事だけど)と思って、少しだけ心が軽くなった。

「お疲れ様でございました。明日朝の海の撮影はやらない方向でおります」
「そうですか。ありがとうございます」
杉野マネージャーに対して礼儀正しく話している大くんは、
「では、那覇のホテルでゆっくり過ごせますね。お二人ともどちらのホテルなんですか?」
にこやかに問いかけてきた。
「同じホテルなんです」
「まさか、ツイン?」
「さすがにシングルですよ」

笑っている杉野マネージャー。
「仲が良いお二人に見えたので。まさかのオフィスラブかと。ま、公私混同しませんよね」
アハハと、ビジネスマンの笑いを二人とも作っている。そこに池村マネージャーがやってきて、大くんと池村マネージャーは迎えの車に乗り込んだ。
「午前中は空いておりますので、なにかあれば」
池村マネージャーは言葉を残し、二人を乗せた車は去って行った。明日の予定はないから、一安心だ。
明日、お見送りをして終わりだろう。それで、すべて終わり。

会うと少し動揺したけれど、別世界の人だと目の当たりにしたし、きっと……新しい恋ができると思う。


「さーて。俺らも国際通りで飯食うか」
「はい」
国際通りを歩くと観光客がいたりして、賑わっている。観光だったら良かったなと今になってやっと思えた。杉野マネージャーと居酒屋に入って、軽く食事をする。
「仕事だとは言え、初瀬と二人きりでこうやって食事してるとテンション上がるな」
「そ、そうですか?」
「俺が隣にいてもドキドキしないの?」
「へ?」
「紫藤大樹を一日中見てたら、俺なんてカスにしか見えないか。ハハ」
どこまで本気で言ってるのかな。でも、杉野マネージャーはお兄さん的存在で一緒にいても苦じゃない。きっと、こういう人と結婚したら幸せな家庭を築けるのだろうなぁ。
食事を終えて、少しだけ歩きながらお土産を見る。ささやかな観光気分を味わおう。
「会社に、ちんすこうでも、買っておくか」
「はい」

千奈津にこのガラスのキーホルダー買ってあげようかな。
「安くするよ」と店員さんに声をかけられて、苦笑いする。
買い物を済ませると、ホテルに戻った。エレベーターを降りてそれぞれの部屋の方向へ歩く。


「じゃあ、また明日もよろしくな」
「はい、お疲れ様でした」
ドアを開けて中に入ると、どっと疲れが出てきた。
「ふぅ……一日終わった」
ふかふかのベッドに横になると、体の力がすぅーっと抜けていく。
疲れたよ。もう、眠い。シャワーを浴びて早めに寝なきゃ。
重い身体をなんとか起こすと、ブーブーと携帯の震える音が聞こえた。

会社の携帯だ。誰だろう。すごく疲れていたけど、急ぎの用事かもしれない。


「はい。初瀬です」
『俺』
間違えるはずがない。だって過去に愛した人の声だから。
どうして、電話をかけてきたの?
変な期待が一気に駆け巡る。でも、きっと、仕事のことでなにか用事があるのかもしれない。


「どうされましたか?」
『声で誰だかわかるんだ?』
「紫藤様ですよね」
『……今、一人?』
「そうですが……」
『確認したいことがあるから、俺の部屋に来てくれない?』

やっぱり、仕事のこと……か。それでいいんだ。それでいいのに、胸が痛い。名刺を見て電話をしてきたのだろう。じゃあ、杉野マネージャーに連絡しなきゃ。

「では、杉野と参ります」
『初瀬さんだけでいいです。エレベーターの前に待ってるから。人目につくから早く来て』
「え……、でも」
『疲れてるんだ。早く来て』
ブチッと電話は切られてしまった。
勝手に一人で行ってもいいのかな。躊躇しながら、私は自分の部屋を出た。
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