シリーズ全UP済。果物のように甘いだけじゃない

大くんの泊まっているフロアーにある隠しエレベーターの前に行くと、本当に彼は待っていた。カードをかざすと、エレベーターが開く。サーッと冷たい空気が流れてきた気がした。


「乗って」
「でも……」
「ここだと誰か来るから。早く」
エレベーターに乗ってしまった。いいのだろうか。
すごく不安で押しつぶされそうな気持ちになる。
大くんの部屋がある階に止まると、歩き出す。恐る恐る後ろを着いて行く。仕事のこと……じゃないのだろうか。
「入って」
「用事を言ってください。勝手な行動はできません」
「……」
キッと私を睨んだ大くんは、手首をギュッと掴んで無理矢理部屋の中に入れる。
「な、何するんですか!」
「大声出したって聞こえないよ。誰も助けに来ないよ。少し冷静になれば」
余裕の笑みを浮かべる大くんは、手を引いてソファーに私を座らせた。そして、目の前に座る。私はどこを見ていいのか、視線をキョロキョロさせてしまう。
すごく広いスイートルーム。奥には大きなベッドが見える。
「久しぶりだな、美羽」
落ち着いた声の大くんをそっと見上げる。
仕事のことじゃなかった。
プライベートだけど、期待しているような甘いものではない雰囲気だ。

「お久しぶり……です」
「元気そうだな」
「……」

抑揚のない声。
目を見るのも怖くて、またうつむいた。大くんは、私に何を伝えたいのだろう。
「杉野って奴と付き合ってんのか?」
「え?」
唐突すぎる質問に思考が追いつかない。
「付き合ってない……ですけど、」
「けど、あいつが美羽に惚れてるってことか。美羽、めちゃくちゃ綺麗になったしな。俺と離れる道を選んで正解だったわけか」
「……」
「てか、なんでそんなに普通にしてられるわけ? 俺は、撮影中にお前がいて、目障りだったんだよね」


ヒドイ。
でも、傷つけるような手紙を書いて、嫌われ役を選んだのは自分なのだ。だから、笑顔を一生懸命作る。
「ごめんなさい。目障りでしたよね」
「……何それ」
大くんは、芸能人オーラを消して捨てられた子犬のような顔をした。気のせいかな。
だって、熱愛報道もあるし、十年も過ぎたのに私を想っているわけがない。
そんな貫ける愛なんて、あるはずないんだから。
この十年で私も大くんもきっと……変わってしまっただろう。もう、いい加減大人なんだし。
「元気そうで良かったです。紫藤さんの活躍は見ていました。見たくなくても、目に入るくらい活躍されていたから」
「美羽を見返すためにな。俺を捨てたお前を後悔させるために」

痛いくらい冷たい口調で言った。
私を忘れていなかったのは、少しだけ嬉しかったけど、やっぱりそんな風に思っていたんだ。
「その様子だと産まなかったんだな」
でも、子供は堕ろしたんじゃないの。
産みたくて産みたくて仕方がなかったけど、お腹の中で死んじゃったんだよ。そう、言おうかと喉まで出かけた言葉を飲み込む。いまさら、何を言っても無駄だろうし、第一自分は大くんに良く思われる必要はないのだから。

「美羽は今、幸せか?」
「はい」
咄嗟に嘘をついた。
幸せってなんなのかわからない。けど、大くんと過ごしていたあの日々が一番キラキラしていたように、思う。
「ムカつく。なんで美羽だけ……」
立ち上がった大くんは、ゆっくりと近づいてきていきなりギュッと抱きしめてきた。
驚いて目を見開くとそして、突然キスをされた。
咄嗟に逃げようとするけれど、力いっぱい唇を押し付けてくる。

「……ん、や、だ」

口内を乱暴に舐め回す大くんの舌は、壊れたロボットのようだ。
必死で離れようともがくと、無理矢理足を開かれる。
な、なにを考えてるの?
こ、怖い!

「ぎゃあああああ」

唇が離れた隙に大声を出す。手で口を抑えられて、首筋を痛いくらい吸われた。スーツがグチャグチャになり、目からは大粒の涙が溢れだす。
全身のありったけの力を込めて、大くんを蹴飛ばした。すると、案外パタリと倒れた。
「……最低っ」
「どっちが」
「……」
これ以上一緒に居たら危ない。私は、急いで大くんの部屋を出た。走ってエレベーターに乗って閉じるボタンを連打した。
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