シリーズ全UP済。果物のように甘いだけじゃない


ほとんど眠れないまま朝になった。これから大くんをお見送りする。
杉野マネージャーも一緒だし大丈夫。仕事モードで頑張らなきゃ。

「さて、お見送りだぞ」
「はい」

ロビーから裏玄関へ向かい待っていると、車はすでに手配されていた。池村マネージャーさんの後ろに歩いてついてくる大くん。顔を見た瞬間、昨晩のことが蘇る。
「紫藤様、今回は本当にありがとうございました」
杉野マネージャーが頭を下げる。
「いえ、こちらこそお世話になりました」
相変わらず笑顔の大くん。
「あ、そうだ。この辺に本屋さんはありますかね。あーでも、空港にありますよね」
「そうですね」
「実は押し花しおりを見つけて」
そう言って、胸のポケットから出したのは私が大事にしていたあのしおり。
「どこにあったんですか?」
杉野マネージャーが質問する。

「部屋の中です」
「返して」と言いたいけど、どうして私の物を持っているのかとか、一人で大くんの部屋に行ったなんてバレてしまったらたいへんなことになる。
大くんは、私の様子を窺っているみたい。
気持ちを悟られたくなくて目を逸らした。そのまま「お世話になりました」と頭を下げる。
「では、時間ですので」
池村マネージャーが言うと、大くんは車に乗り込んだ。もう、会えることはないかもしれない。切なくて胸が張り裂けそうになる。
車が走りだすと、思わず泣きそうになった。
生ぬるい風が頬を撫で、私は仕事だということを忘れうつむく。今日は、一段と暑い。ジャケットを脱いで腕にかけた。

「じゃあ、俺らも……帰ろうか」
「はい」
歩き出す杉野マネージャーは、ピタリと歩みを止めた。
「……紫藤大樹はやめた方がいい」
「え?」
驚いて目を丸くすると、近づいてきた杉野マネージャーは私の汗ばんでいる首筋に触れた。
「これ、どう見てもキスマークだよな」
「虫刺されだと思います」
「ああ、そう。なんか、変だなって思って……寝る前に携帯で色々調べたんだ。紫藤大樹、若い頃に女の子を妊娠させたスキャンダルがあったんだと。事務所の力でもみ消したらしい。……ま、ネットに書かれていることだから真実なのかはわからないけど」

過去を隠してきた私は、身近な人にそんなことを言われて心の奥底から恐怖心が沸き上がってきた。誰がそんな情報を書くのだろう。当時の記者とか、かな。

じっと私を見つめてくる。バフバフと鼓動のうるさい心臓。
「あの紫藤大樹の持ってたしおり、初瀬のだよな?」
「え?」
「飛行機の中で見てただろ」
たしかに、杉野マネージャーが寝ていると思ってしおりを出して見た。まさか、見られていたとは知らなかった。
「まさか、初瀬じゃないよな」
「まさかっ、ありえないですよ」
「そのキスマーク見てピンときた。俺、勘が良くてね」
杉野マネージャーは、クスって笑う。
「過去に色々あったかもしれないけど、今の紫藤大樹とは不釣合いだと思うよ」
「……」
図星すぎて何も言えなかった。
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