シリーズ全UP済。果物のように甘いだけじゃない



九月になり、ライブツアーがはじまった。ライブが始まると、かなりハードな毎日だったりする。
でも、ファンと生で会えるのは一番エネルギーをもらえるから、ライブは大好きだ。
東京でのライブは十一月三日。
俺と美羽が付き合い始めた日なのだが、覚えているだろうか。自分だけが大事な日だと思って生きてきたのかな。
その日、美羽は来てくれるだろうか。来てくれたとしても、直接言葉を交わすチャンスはあるかな。
ツアー中もしおりを持って回っている。まるでお守りだ。
なんだか、これを見ると落ち着くんだ。不思議だな。なんでだろう。



ツアーを回ってきて東京に戻ったのは、十月末だった。
業界人が集まる居酒屋で俺はプロデューサーと飲んでいた。
そこに店のスタッフがきた。

「デザイナーの小桃さんがいらしています」

耳打ちをされる。これは、店の厚意だ。業界は横の繋がりがすごく大事になるから、芸能関係の人がいると教えてくれるのだ。
プロデューサーとある程度飲んだところで、俺は小桃さんの部屋へ挨拶に行く。世界的に有名なデザイナーの小桃さんは、寧々のファッションショーも手がけたことがあり、面識もあった。


「失礼します」
ノックをして中へ入ると、派手派手な紫のワンピースの女性が目に入る。小桃さんは、相変わらず奇抜な洋服を着ているが似合っている。
「あら、大樹くんじゃない。いたの?」
「ええ、プロデューサーと」
俺の視線に入ってきたのは、見覚えのある女性だった。
美羽の友達の玲さんだ。玲さんは俺を見て固まっている。
「友人の玲さん。あー、正確に言うと友人の友人だったの。今日は女子三人で会う予定だったんだけど、もう一人は残業で来れないみたいで」
小桃さんは玲さんを丁寧に紹介してくれた。

もう一人って、まさか美羽じゃないだろうか。
「……俺のこと、覚えていますか?」
少しでも美羽に繋がれるチャンスがあるなら、逃したくないと思って玲さんに話しかけた。

「もちろんです」
真っ直ぐ見つめて答えた玲さん。
「二人、知り合い? えぇ、びっくり。何繋がり?」
一人テンションが高い小桃さん。
咄嗟に俺は頭を下げる。
「あの、美羽に会わせてください」
「なになに、美羽ちゃんとも知り合いなの?」
小桃さんは、わけがわかっていない状態だ。
「美羽に会いたがっていたと伝えておきます」
「美羽は、元気ですか?」
玲さんは、俺をギロッと睨む。
彼女の目には裏切り男としか目に映っていないのだろう。
「あの……これの秘密、玲さんなら知っていますか?」
ジャケットの内ポケットから、美羽が大事にしていたしおりを出してみせると、玲さんの表情は変わった。
きっと、彼女は何かを知っているのだ。だけど、小桃さんの手前言えないのだろうか。
その時、タイミングよく小桃さんの携帯が鳴り部屋を出て行く。
二人きりになったタイミングで玲さんは、口を開いた。
「これは美羽の口から言うべきかもしれないですが、おせっかいかもしれないけど、もしあなたが今でも美羽を愛しているのなら言いますが?」


真剣な口調で言うから、俺も真剣に頷いた。
「愛しているから、こんなに必死なんだ。俺が芸能人じゃなきゃ、会社の前で待ち伏せしたい。でもそんなことをしたら、美羽にも会社にも迷惑かけてしまう。美羽の気持ちもわからないし……」
必死で言うと、玲さんは厳しい口調で問いかけてくる。
「なんであの時、迎えに来なかったの? そんなに芸能界に残っていたかったわけ?」
そんな風に思うのも仕方がないだろう。
キツイ口調なのも、美羽を思ってのことだと理解できるから、受け止める。
「想像を超えるパパラッチがいたし、行きたくても行けなかったんです。それでも落ち着いた頃実家に行ったこともありましたが、お母さんに美羽の幸せを願うなら、現れるなと。悔しかったけど、俺は身を引くことが一番だと思っていたんです。それなのに、再会してしまって。勝手に子供を降ろされて憎んでいたはずなのに、俺はまだ美羽を愛していると気がつきました」
一気に言うと、玲さんの表情が少し和らいだ。


「信じますよ。あなたの、言葉」
「ええ」
一呼吸置いた玲さんは「赤ちゃんです」と言った。
「赤ちゃん……?」
「産みたくて守ろうとした赤ちゃんは、お腹の中で……亡くなったんです」
「……堕ろしたんじゃなく?」
金属バットで殴られたような、すごい刺激が頭を走った。
堕ろしたんじゃ……ないんだ。
「残念ながら、亡くなってしまったみたいなんです。手術をして退院した日に、咲いていた花だったみたいで。『はな』って名前をつけて大事にしていたようです」
「はな……」


俺は、しおりをギュッと抱きしめた。
どうして、美羽はそのことを、この前言ってくれなかったのだろう。
俺は、美羽に怒りをぶつけて乱暴するところだった。
やっぱり、美羽は産もうとしていたのだ。その事実を知って泣きそうになる。一人で辛い思いをしてたんだな。守ってやれなかったことを後悔してもしきれない。

「美羽は、すごく気を使ってマイナス思考なんです。優しすぎて自分の感情を押し殺すところがあるんです。大人になった今も変わっていません。だから、あなたが愛を伝えてあげなきゃ……愛を表現しないと美羽は一生、あのままだと思います。傷ついて、なかなか心を開かせるのは大変だと思いますが。今日会ったことは伝えておきますので」

「電話も着信拒否されてしまって。あの」

住所を教えてもらおうとした時、俺の部屋にいたプロデューサーを誘って、小桃さんが入ってきて、ワイワイと飲むことになってしまうことになったのだが、俺はそんな気分じゃなかった。
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