シリーズ全UP済。果物のように甘いだけじゃない

「どこ行ってたの? 探したのよ」と千奈津に心配されて私は嘘をついた。
「ごめん、お手洗いに」
杉野マネージャーは、疑わしげな目で私を見ている。が、あえて何も言われない。
「じゃあ、挨拶も終わったし帰ろうか」
「夢のような時間だったなぁー。本当に素晴らしいねCOLORって」
千奈津は心からの感嘆の声を上げていた。
そう言えば……、社長から頼まれていたことがあった。
バッグから色紙と油性ペンを出す。社長からのお願いだし忘れたことにできない。
「杉野マネージャー、社長から頼まれていたサインどうしましょう」
「言いづらいけど、初瀬から頼んでみたら? 紫藤大樹さんに」
意地悪。
そう思ったけど、口には出さずに言葉を飲み込んで大くんに近づいていく。大くんはスポーツドリンクを飲んでいた。

近づいていくスーツ姿の私は、明らかに浮いていて目立つ。
「あの、私どもの社長のお孫さんが紫藤さんのファンでして……もしよければサインをしていただけますか?」
「ええ、もちろん」
言ってペンを受け取る瞬間、指が触れて落としてしまった。たったそれだけなのに身体にじわりと汗をかいてしまう。そこに池村マネージャーが来る。

「サインや写真は遠慮していただきたいのですが」
冷ややかな口調で言われ怖気づく。
「いいじゃない。スポンサーの社長さんのお願いだよ?」
大くんはさり気なくかばってくれる。
「しかし」
そこに杉野マネージャーが近づいてきた。
「ご無理を言って申し訳ありません」
場を和ませてくれた。
大くんは「一枚だけですよ」と笑顔で言ってスラスラっとサインを書いて、渡してくれる。優しすぎると感動していると、池村マネージャーは不機嫌な顔をした。
明らかにマネージャーの顔じゃなく、女の……嫉妬に満ちたような表情にびっくりした。
――池村さんも、大くんを……男性として見ているのかもしれない。
「ありがとうございました。失礼します」
一礼をして顔を上げると大くんは、にこっとしてくれた。本当に電話をくれるだろうか……。大くん、またね。
私たちは頭を下げて出て行った。
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