君は優しい嘘つき
「ちょっと帰るのが遅くなっただけだよ。いつもはそんなこと全っ然ないのに、偶には多めに見ろよなぁ」
──なんで。
浮かび出た疑問は今度は口から出ることはなかった。
「つーか雫のクラスって数学の先生誰だっけ」
「え、……道重先生だけど」
「あーじゃあ俺のクラスとは違うわ。田端先生なんだけどさ、なんかすっげぇ課題出してくんだよ。ありえなくねぇ? 道重先生は課題出す人?」
「いや、そんなに出ないと思う」
「いいな〜。てかまじ数学難しいんだよなぁ。中学と全然違う。一年でこれとかこの先どうなんの。考えたくねぇ」
どうでもいい話だけど、歩が話すと全てが楽しく聞こえる。
昔からそうだった。
「おっもうこんな時間じゃん。そろそろ帰ろうぜ」
「そうだね」
立ち上がる時にまたベンチが嫌な音を立てたけれど、今はもう気にもならなかった。
「そろそろ親父寝てっかな」
「こんな時間に帰ったらまた怒られるんじゃないの?」
「バレなきゃ怒らんねーよ」
一本道に、2人の影が細く薄く線を描く。
"なんで帰るのが遅くなったの"
聞けない疑問は空気を震わすことのないまま、暗闇の中に溶けていった。