ずっと特別なマブダチで
 こゆきさんと葵先輩の現場を見てから数ヶ月が経ち、もう白息が出るくらい寒い冬だ。あの日から私は一度も川に行けていない。二人の関係性を直接聞きたいけれど、『恋人』だなんて言われたら立ち直れる気がしない。私は心も体も冷え切っていた。

 そんなことを考えていると、家にインターホンの音が鳴り響いた。
 「はーい」と言いながらドアを開けると、葵先輩が立っていた。

「咲良ちゃん、ごめんね急に家に来ちゃって」

「葵先輩……」

「二年の教室に行って、咲良ちゃんのお友達に住所教えてもらった。本当にごめん」

 葵先輩が頭を下げて謝罪してきた。

「そ、そんな、葵先輩頭上げてください」

「……咲良ちゃん、急に来なくなったから。何かあったのかなって」

 ……葵先輩、私のことを心配してわざわざ家に来てくれたんだ。私は嬉しいという気持ちが強くなった。

「いつもの川に行って話そう」

「……はい」

 そして私達は二人でいつもの川へ行った。好きな人と二人きり……道中の会話に困るなあ。

「……咲良ちゃん、急に来なくなったけどどうしたの? 理由教えてほしい」

 直球に聞かれて、私は戸惑った。本当のことを言ったら葵先輩に引かれてしまうのではないか――。心臓でバクバクだった。

「……俺が原因?」

 そう言われて、私はびっくりして先輩の顔を見た。

「俺のこと、嫌いになっちゃった?」

「……ちっ、違います! あ、あの……」

 私は深呼吸をし、先輩の目を見て言った。

「……見ちゃったんです。葵先輩と女性が話しているのを……。彼女さん、なんですか?」

 勇気を出してそう聞くと、葵先輩は空を見上げながらこう言った。

「……こゆきのことかな。こゆきは幼馴染で、中学一年生の頃付き合ってたんだ」

 ――私は、言葉が出なかった。

「俺さ、母子家庭だったんだ。俺が小さい頃に亡くなっちゃって、顔を声も覚えてない。小学生になってから母がいないから虐められて、もう死にたいと思ったよ」

 びっくりした。葵先輩が母子家庭だったなんて、思いもしなかった。

「そしたらさ、中学になってからこゆきが話しかけてくれて。明るくて天使のような存在なこゆきを、俺はいつしか好きになってた」

 胸の奥がズキッ、と傷んだ。葵先輩が、こゆきさんのことを好きになったんだ……。

「で、付き合って、交際は三年になる頃の春まで続いた。でも、俺から振ったんだ」

「えっ……どうしてですか?」

 やっとの思いで言葉を出した。すると葵先輩は、私の方を見て言った。


「君に出会えたから」


――いつもの葵先輩じゃないようだ。クールで、真っ直ぐ前だけを見る美しい獣みたい。

「君が俺を救ってくれた。名前と苗字が同じだなんて運命だと思ったよ。――俺は、君のことを好きとかじゃないけれど、世界で一番、大切な人だと思ってる」

 ……そうだ。私も、きっと葵先輩のことを好きだとかそういうんじゃないんだと思った。私は、葵先輩のことを本当に一番大切な人だと思ってる。けれど、それは“恋人”になりたいとはまた違う特別な感情だ。

「きっと咲良ちゃんもそうだよね。俺達、友達以上恋人未満(マブダチ)みたいな特別な関係だと思ってる」

「……友達以上恋人未満(マブダチ)。私達にぴったりの言葉ですねっ」

「――そうでしょ」

 先輩は照れ笑いしながらそう言った。私達は恋人という軽い関係じゃない。友達以上恋人未満(マブダチ)という、誰よりも特別な関係だ。

「……帰ろうか」

「……はい」

 私達はお互い触れることなく家まで帰っていった。
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