隣国王を本気にさせる方法~誘拐未遂4回目の王女は、他国執着王子から逃げ切ります~
21 お見合い三日目の前座2
街に出たレティツィアは、街の賑わいに目を輝かせた。自国の王都の街も賑わっているが、アシュワールドの王都も明るい雰囲気で活気がある。何より、笑顔の住民が多い。きっと日々が充実していて、満足度が高いのだろう。
「まずはどこに行きたいですか? 昨日食べたチョコレート店に行きますか?」
「はい!」
さっそく連れて行ってもらったチョコレート店は、大人気のようで店の前には人の行列が出来ていた。
「みんな並んでいますね。とても人気なんですね! 昨日のチョコレート、美味しかったもの」
「ここまでの行列は予想してませんでした。やはり、チョコレートは王宮に配達してもらいましょうか」
「いいえ、わたくし、並んで買いたいです!」
「……並びますか? 三十分以上は並ばなければならなさそうですが……」
「わたくし、行列に並んで買うの、初めてでやってみたかったのです! それに、お店に並んでいるものから、自分で選びたいですし」
「そうですか。では並びましょう」
オスカーは嫌な顔をせず、レティツィアの言うとおりチョコレート店に一緒に並ぶ。もちろんマリアと護衛二人も並ぶ。その間、レティツィアはオスカーと会話をする。
「こちらのチョコレートは、普段は届けてもらっているのですか?」
「昨日シリルに確かめてもらいましたが、定期的に届けてもらっているようです」
自国では、レティツィアの王宮にも街から定期的に届けてもらうお菓子やお酒などがある。アシュワールドの王宮では、チョコレートがそういったものの一種のようだ。
「レティツィアはお忍びを慣れておられるようですね」
「はい。十三歳くらいまでは、お兄様たちが時々お忍びで街に遊びに連れて行ってくれました。街娘の恰好をして、街を歩くのはすごく楽しかったですわ。お忍びの恰好でなくとも、時々は同じ年代の令嬢たちと買い物をしたり、カフェでお茶会をしたりもしていたのですよ」
兄たちは格式高くないお店に連れて行ってくれた。令嬢たちとは貴族が使用する店やカフェを利用した。自国の王都は治安がよく、護衛はいても危ない目にあうことはほとんどなかった。プーマ王国の第二王子がレティツィアに執着しだすまでは。
だからお忍びは久しぶりであり、レティツィアは今がとにかく楽しくて仕方がない。
四十分ほど待ってチョコレート店に入店したレティツィアは、あれもこれもと目移りしつつ、両親と兄たちのお土産用と、自分用に複数購入した。
「ありがとうございました、オスカー様! たくさん買えて嬉しいです」
「それはよかった。この後、一度軽く食事をしましょうか」
そろそろ昼食時。レティツィアはチョコレートが買えたので、もう王宮に帰らなければならないかと思っていたので、オスカーの提案に嬉しくなって頷く。
貴族が使うような店ではないが、格式張っていなくても美味しい料理が出る、というオスカーの提案のもと、とある店のバルコニーに案内された。日よけもされていて、風も涼しい。オスカーの言うとおり、食事も美味しい。
「オスカー様は、こういったところに、よく来られるのですか?」
「俺は元々街歩きが好きで。お忍びでウロウロすることが多いので、美味しい食事場は知っています」
では、次回お忍びするときは連れて行って欲しい、と言いそうになって、レティツィアは口を閉じた。次回なんてないのだ。いくら楽しくても、これは一時見ることができる、ただの夢と同じ。だから、違う言葉を口にした。
「そうなのですね。この後、時間がある限り、オスカー様がおすすめする街の名所を回ってみたいです」
「案内しましょう」
昼食の店を出ると、レティツィアは王都で有名な観光地を案内してもらう。有名な橋と川、ステンドグラスが美しい大聖堂、建築物も素晴らしい貴族に人気の歌劇場、そして最後に小さな可愛らしい店が並ぶ食べ歩きが有名な道路。その道路沿いにある人気の茶菓子屋でお菓子を買うと、レティツィアたちは公園に移動した。
公園ではベンチがいくつか並び、レティツィアとオスカーは同じベンチで隣同士、マリアがレティツィアの横のベンチに座り、護衛が周りを警戒する中、レティツィアは買ったお菓子を紙袋から取り出した。オスカーはいらないと言ったので、買ったのはレティツィアとマリアの分だけである。
「この中にチーズのクリームと生クリームが入っているのですか?」
「そのようですね。オーガストが言うには、最近の若い女性の間で人気のようですよ」
本日の護衛オーガストが人気だと教えてくれたお店には、女性がたくさん並んでいた。『フワッテ』という名前が付いたお菓子で、ふわっとした薄生地の中にチーズクリームと生クリームが入っていて、生地の上に薄いチョコレートがかかっているお菓子である。直接的なネーミングはともかく、見た目からすごく美味しそうで、レティツィアは上目遣いでオスカーを見た。
「はしたないのですが……このまま口にしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん。今日はお忍びです。そういった作法は、気にしませんよ」
ぱあっとレティツィアはオスカーに笑顔を向けた。オスカーは話が分かる。
「では、いただきます!」
レティツィアは、はしたなくも『フワッテ』にかぶりついた。
「……っ美味しい! チーズのクリームが美味しいです! 生クリームとも相性が良いですわ! っああ! 生クリームが落ちちゃうっ」
落ちそうなクリームを急いで食べ、それからも『フワッテ』を食べ進めていると、マリアが声を上げた。
「あ、クリームが」
マリアを見ると、レティツィアを見ながらそう言っているのに気づいた。レティツィアの『フワッテ』からまたクリームが落ちそうなのかと『フワッテ』を見ようとする。その時、横から手が伸びてレティツィアの顔が支えられたかと思うと、頬を何かがなぞった。なんだろうと見ると、オスカーの舌に一瞬クリームが乗っていたのに気づく。レティツィアと視線が合ったオスカーは、笑みを浮かべた。
「本当ですね、クリームが美味しい」
「……今、わたくしの頬を……」
「頬に付いていたクリームを舐めましたよ?」
かぁぁぁとレティツィアの頬が一気に熱くなった。さらっと何を言っているんだ、この人。マリアが急いでやってきて、「私の殿下の頬にっ……」と小さく言いながら舐められたレティツィアの頬をハンカチで拭いている。それを面白そうにオスカーが見ながら口を開いた。
「妻の頬にクリームが付いていたら、普通、舐めますよね?」
「そ、そうでしょうか!?」
小さい頃、同じようにお菓子の付いた頬を兄に舐められた記憶はある。そう考えると、夫に頬を舐められるのは、間違いではないような気はするが、レティツィアの頭は今、少し沸騰していて正常な判断ができていない。
どうにか落ち着こうとするレティツィアだが、他から見ると瞬きが増えて動揺しているのが分かりやすい。そんなレティツィアを見てオスカーが口を開いた。
「レティツィアが食べているのを見ると、美味しそうに見えますね。一口いただけますか?」
「……っえ!? あ、わ、わたくしのでよろしければ、どうぞっ」
笑みを浮かべたオスカーが、レティツィアの『フワッテ』にかぶり付く。なぜか緊張したレティツィアが力を入れたせいで、『フワッテ』からクリームが飛び出し、レティツィアの手にクリームが付く。それに気づいたオスカーは、今度はレティツィアの手を舐めた。
舐めたぁぁ! 頬だけでなく、今度は舐められた手まで熱くなって、レティツィアは残りの『フワッテ』を食べたいのに、食べてはいけないような気もして、結局残りを食べたものの、なぜか味がしなかった。
その後、王宮に戻るまでオスカーと手を繋ぎながら歩いたレティツィアは、今まで何ともなかったはずのオスカーの手に意識が集中してしまい、気づいたら自室にいてすでにオスカーはおらず、レティツィアは瞬間移動でもしたような錯覚に陥るのだった。
「まずはどこに行きたいですか? 昨日食べたチョコレート店に行きますか?」
「はい!」
さっそく連れて行ってもらったチョコレート店は、大人気のようで店の前には人の行列が出来ていた。
「みんな並んでいますね。とても人気なんですね! 昨日のチョコレート、美味しかったもの」
「ここまでの行列は予想してませんでした。やはり、チョコレートは王宮に配達してもらいましょうか」
「いいえ、わたくし、並んで買いたいです!」
「……並びますか? 三十分以上は並ばなければならなさそうですが……」
「わたくし、行列に並んで買うの、初めてでやってみたかったのです! それに、お店に並んでいるものから、自分で選びたいですし」
「そうですか。では並びましょう」
オスカーは嫌な顔をせず、レティツィアの言うとおりチョコレート店に一緒に並ぶ。もちろんマリアと護衛二人も並ぶ。その間、レティツィアはオスカーと会話をする。
「こちらのチョコレートは、普段は届けてもらっているのですか?」
「昨日シリルに確かめてもらいましたが、定期的に届けてもらっているようです」
自国では、レティツィアの王宮にも街から定期的に届けてもらうお菓子やお酒などがある。アシュワールドの王宮では、チョコレートがそういったものの一種のようだ。
「レティツィアはお忍びを慣れておられるようですね」
「はい。十三歳くらいまでは、お兄様たちが時々お忍びで街に遊びに連れて行ってくれました。街娘の恰好をして、街を歩くのはすごく楽しかったですわ。お忍びの恰好でなくとも、時々は同じ年代の令嬢たちと買い物をしたり、カフェでお茶会をしたりもしていたのですよ」
兄たちは格式高くないお店に連れて行ってくれた。令嬢たちとは貴族が使用する店やカフェを利用した。自国の王都は治安がよく、護衛はいても危ない目にあうことはほとんどなかった。プーマ王国の第二王子がレティツィアに執着しだすまでは。
だからお忍びは久しぶりであり、レティツィアは今がとにかく楽しくて仕方がない。
四十分ほど待ってチョコレート店に入店したレティツィアは、あれもこれもと目移りしつつ、両親と兄たちのお土産用と、自分用に複数購入した。
「ありがとうございました、オスカー様! たくさん買えて嬉しいです」
「それはよかった。この後、一度軽く食事をしましょうか」
そろそろ昼食時。レティツィアはチョコレートが買えたので、もう王宮に帰らなければならないかと思っていたので、オスカーの提案に嬉しくなって頷く。
貴族が使うような店ではないが、格式張っていなくても美味しい料理が出る、というオスカーの提案のもと、とある店のバルコニーに案内された。日よけもされていて、風も涼しい。オスカーの言うとおり、食事も美味しい。
「オスカー様は、こういったところに、よく来られるのですか?」
「俺は元々街歩きが好きで。お忍びでウロウロすることが多いので、美味しい食事場は知っています」
では、次回お忍びするときは連れて行って欲しい、と言いそうになって、レティツィアは口を閉じた。次回なんてないのだ。いくら楽しくても、これは一時見ることができる、ただの夢と同じ。だから、違う言葉を口にした。
「そうなのですね。この後、時間がある限り、オスカー様がおすすめする街の名所を回ってみたいです」
「案内しましょう」
昼食の店を出ると、レティツィアは王都で有名な観光地を案内してもらう。有名な橋と川、ステンドグラスが美しい大聖堂、建築物も素晴らしい貴族に人気の歌劇場、そして最後に小さな可愛らしい店が並ぶ食べ歩きが有名な道路。その道路沿いにある人気の茶菓子屋でお菓子を買うと、レティツィアたちは公園に移動した。
公園ではベンチがいくつか並び、レティツィアとオスカーは同じベンチで隣同士、マリアがレティツィアの横のベンチに座り、護衛が周りを警戒する中、レティツィアは買ったお菓子を紙袋から取り出した。オスカーはいらないと言ったので、買ったのはレティツィアとマリアの分だけである。
「この中にチーズのクリームと生クリームが入っているのですか?」
「そのようですね。オーガストが言うには、最近の若い女性の間で人気のようですよ」
本日の護衛オーガストが人気だと教えてくれたお店には、女性がたくさん並んでいた。『フワッテ』という名前が付いたお菓子で、ふわっとした薄生地の中にチーズクリームと生クリームが入っていて、生地の上に薄いチョコレートがかかっているお菓子である。直接的なネーミングはともかく、見た目からすごく美味しそうで、レティツィアは上目遣いでオスカーを見た。
「はしたないのですが……このまま口にしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん。今日はお忍びです。そういった作法は、気にしませんよ」
ぱあっとレティツィアはオスカーに笑顔を向けた。オスカーは話が分かる。
「では、いただきます!」
レティツィアは、はしたなくも『フワッテ』にかぶりついた。
「……っ美味しい! チーズのクリームが美味しいです! 生クリームとも相性が良いですわ! っああ! 生クリームが落ちちゃうっ」
落ちそうなクリームを急いで食べ、それからも『フワッテ』を食べ進めていると、マリアが声を上げた。
「あ、クリームが」
マリアを見ると、レティツィアを見ながらそう言っているのに気づいた。レティツィアの『フワッテ』からまたクリームが落ちそうなのかと『フワッテ』を見ようとする。その時、横から手が伸びてレティツィアの顔が支えられたかと思うと、頬を何かがなぞった。なんだろうと見ると、オスカーの舌に一瞬クリームが乗っていたのに気づく。レティツィアと視線が合ったオスカーは、笑みを浮かべた。
「本当ですね、クリームが美味しい」
「……今、わたくしの頬を……」
「頬に付いていたクリームを舐めましたよ?」
かぁぁぁとレティツィアの頬が一気に熱くなった。さらっと何を言っているんだ、この人。マリアが急いでやってきて、「私の殿下の頬にっ……」と小さく言いながら舐められたレティツィアの頬をハンカチで拭いている。それを面白そうにオスカーが見ながら口を開いた。
「妻の頬にクリームが付いていたら、普通、舐めますよね?」
「そ、そうでしょうか!?」
小さい頃、同じようにお菓子の付いた頬を兄に舐められた記憶はある。そう考えると、夫に頬を舐められるのは、間違いではないような気はするが、レティツィアの頭は今、少し沸騰していて正常な判断ができていない。
どうにか落ち着こうとするレティツィアだが、他から見ると瞬きが増えて動揺しているのが分かりやすい。そんなレティツィアを見てオスカーが口を開いた。
「レティツィアが食べているのを見ると、美味しそうに見えますね。一口いただけますか?」
「……っえ!? あ、わ、わたくしのでよろしければ、どうぞっ」
笑みを浮かべたオスカーが、レティツィアの『フワッテ』にかぶり付く。なぜか緊張したレティツィアが力を入れたせいで、『フワッテ』からクリームが飛び出し、レティツィアの手にクリームが付く。それに気づいたオスカーは、今度はレティツィアの手を舐めた。
舐めたぁぁ! 頬だけでなく、今度は舐められた手まで熱くなって、レティツィアは残りの『フワッテ』を食べたいのに、食べてはいけないような気もして、結局残りを食べたものの、なぜか味がしなかった。
その後、王宮に戻るまでオスカーと手を繋ぎながら歩いたレティツィアは、今まで何ともなかったはずのオスカーの手に意識が集中してしまい、気づいたら自室にいてすでにオスカーはおらず、レティツィアは瞬間移動でもしたような錯覚に陥るのだった。