隣国王を本気にさせる方法~誘拐未遂4回目の王女は、他国執着王子から逃げ切ります~
25 お見合い四日目3
「レティツィア、あなたを数日見ていて確信しているのですが、俺とは婚約する気はありませんね?」
前を向いて目を見開くレティツィアに、オスカーは続けた。
「こちらの戸惑いそうな『わがまま』を言ってみては、俺の様子を伺っている。俺がレティツィアに惚れないか、観察しているような。そして『可愛い』と俺が発言すれば、まさか惚れられたのかと、慌てて自身の『わがまま』アピール。……俺とは、婚約したくないのですね?」
「……っ、……申し訳、ありません」
完全にこちらの思惑などバレバレだったのだと、レティツィアは体を固くし、緊張した。怒られるかもしれない。もしやプーマ王国の第二王子のように、怖い目にあわされるかもしれないと、体が震える。しかし、オスカーは優しくレティツィアを抱きしめた。
「怒っていないので、そんなに震えないでください。何がレティツィアをそうさせているのかと、気になっているだけですから」
そっとレティツィアが顔を横に向けると、すぐそこにオスカーの顔があり、オスカーは穏やかな笑みを向けた。本当にオスカーが怒っていないのだと分かると、レティツィアは涙を浮かべた。
「申し訳ありません」
再び謝罪を告げるレティツィアに、オスカーは苦笑する。離れて立っている、こちらに来たそうなマリアを目で制したオスカーは、自身の太ももに挟まれた小さなレティツィアを抱きかかえて、今度は膝上に乗せ、抱きしめた。
涙が止まらないレティツィアを、泣き止むまでオスカーは抱きしめ続けた。
そして、涙がようやく止まり、落ち着いたレティツィアは、恥ずかし気に再び謝った。
「泣いてしまい、申し訳ありません」
「俺は、レティツィアの涙は好きのようです。だから、謝らなくていいですよ」
オスカーはレティツィアの涙の跡にキスを落とす。驚いて真っ赤になるレティツィアは、顔をうつむかせる。
「うーん、顔を見たいので、上げてくれませんか? でないと、またキスをしようかな」
ばっと真っ赤な顔を上げるレティツィアに、オスカーは楽しそうに笑みを浮かべた。
「一応言っておきますが、俺がレティツィアに『可愛い』と言ったのは、嘘ではないですからね。レティツィアの兄上の気持ちが分かると言ったでしょう。レティツィアの言う『わがまま』は、可愛いんです。それをどう勘違いしていたのか、レティツィアの『わがまま』に耐えられなくなった俺に『婚約しない』と言わしめさせたかったのでしょう? その理由を聞いてもいいですか?」
レティツィアはもう嘘は言いたくなかった。優しいオスカーをもう騙せない。レティツィアは口を開いた。
「ただの、息抜きの旅行の予定だったのです。少しの間だけでも、今の日常から抜け出せるようにと、そのちょうどよい機会が、オスカー様からの婚約者候補の打診でした」
「息抜きですか」
「申し訳ありません……。今のわたくしは自由のない籠の鳥と同じです。いつプーマ王国の第二王子から攫われるのではないかと、ビクビクして過ごしていました」
「プーマ王国の第二王子に何度も求婚されていることは知っています。そして何度も誘拐されかけているということも」
「そう、でしたか。そうですよね、わたくしの誘拐は、毎度騒ぎになりますもの。調べれば、すぐに分かることですね」
レティツィアは苦笑した。それはそうだと思ったのだ。婚約者候補に上げる相手を、少しは調べるものだ。
「最初の誘拐は、十三歳の時に公の場で求婚されてから、少し経った頃でした。お忍びではなく、わたくしは友人と剣飾り用の糸を買いに出かけたのです」
恋人や好きな男性が騎士の場合、剣飾りをお守り代わりに贈る伝統がある。それは手作りが好ましく、レティツィアも次兄ロメオに作って渡そうと、糸を令嬢の友人と買いに出かけた。
「糸の店は、店主は違っていても、隣の店と建物は同じでした。実は裏で通路が繋がっているのです。そういう店があると、その当時はわたくしは知りませんでした。どうやら裏口も複数の店で同じ場所を使っているようで、そこからその時は第二王子自ら入ってきました。どうやって知ったのか、わたくしが出かけることを知っていた第二王子は、わたくしに『お茶に誘ってやる』と言って、わたくしを無理やり裏口から連れ出しました。わたくしは当然抵抗しましたし、わたくしに付き添っていた侍女も必死にわたくしを庇おうとしました。ですが、第二王子は男性を複数連れていて、わたくしと侍女はあっという間に裏口から連れ出されました」
店の表の外には、レティツィアの護衛騎士もいたのだが、まさか店の裏口から攫われるとは思っておらず、店の中の騒ぎに気付くのが遅れたのだ。その時の友人の令嬢には、第二王子は目もくれなかったので、友人は無傷で助かってほっとした。
「友人が表にいた護衛を呼び、護衛がすぐさまわたくしを追ってくれたので、わたくしは無事でした。ですが……当時のわたくしの侍女は、わたくしを庇ったばっかりに、殴られて怪我をさせてしまいました」
その侍女は今は元気に、王宮内でレティツィアの侍女ではない仕事をしている。
「国として、プーマ王国に抗議しました。しかし、第二王子はわたくしをお茶に誘っただけだと言い張りました。侍女は勝手に転んだのだと、わたくしと侍女以外に殴ったところを見たものがいないので、それ以上追及できませんでした」
それに、レティツィアはその時のことが怖くて、もうそれ以上大事にしたくない、という気持ちもあった。
「それからというもの、今までに誘拐未遂が四度あります。最初以外、第二王子ではなく、雇ったものが実行犯で第二王子が犯人という証拠がなく、第二王子を追及できていません。わたくしはできるだけ出かけず、出かけても最大限に注意して過ごしてきました。王立学園にも合格しましたが、第二王子が通っていますので、わたくしは通うのを諦めました。両親や兄たちは、わたくしができるだけ普段と同じように過ごせるように心を配ってくださっています。わたくしはそれが十分分かっています」
最初の誘拐未遂以降、第二王子と今まで相対したのは、王家主催のパーティーくらいだ。最低限しかパーティーには出ないレティツィアと会うために、色んな手を尽くして第二王子はレティツィアに会いに来た。パーティー中も、何か理由を付けてはレティツィアと二人っきりになろうとし、そのたびに兄たちが言い訳をして守ってくれていた。舐め回すようなぞっとする目、その目を見る限り、第二王子はいまだレティツィアを諦めていないのは分かる。
「王立学園は、ちょうど今頃卒業の時期です。第二王子は今回王立学園を卒業します。そして、わたくしはあと少しで十八歳になります。成人すれば、親の承諾なく結婚できる年。第二王子はわたくしと結婚するために、あの手この手を使ってくることが予想されます。わたくしは王宮の自室に籠ることが増えるでしょう。ですから、その前に両親と兄たちが、わたくしが気分転換できるようにと、アシュワールドへ送り出したのです」
帰国すれば、レティツィアは第二王子と結婚をすると言うつもりであることは、ここでは伏せた。これは両親と兄たちも知らない、レティツィアが心の内で決めたことだ。オスカーにも言う必要はないだろう。
「そういう理由で、アシュワールドからの婚約候補の打診を利用してしまい、オスカー様には大変申し訳ないことをしてしまっていると反省しています」
「……事情は分かりました」
じっとレティツィアを見るオスカーに、本当に申し訳ないと思う。
「でしたら、こちらにいる間は、最大限に楽しまれていかれるといい。俺もできるだけ付き合いますから」
「……え?」
「俺もプーマ王国の第二王子の性格は知っています。あんな男に狙われているレティツィアを不憫にも思う。そんなレティツィアを責める気はまったくありません。もう数日しかありませんが、我が国にいる間、楽しまれてください」
レティツィアは涙を浮かべた。
「ありがとう、ございます」
「いいえ。そうだ、提案ですが、このまま『夫婦ごっこ』は続けましょうか。俺もなかなか楽しいですし、あと数日間の間ですから」
「……よろしいのですか?」
「いいですよ。言ったでしょう、レティツィアのわがままは可愛いんです。俺はそれを楽しませてもらいますから」
レティツィアの頬に手を添えて、オスカーはレティツィアの頬を撫でた。そんなオスカーに、レティツィアは笑って抱き付く。
「さっそく夫の俺にわがまま中ですね?」
あと数日だけ、レティツィアに優しい幸せが与えられたことに、レティツィアはくすくす笑うオスカーに感謝するのだった。
前を向いて目を見開くレティツィアに、オスカーは続けた。
「こちらの戸惑いそうな『わがまま』を言ってみては、俺の様子を伺っている。俺がレティツィアに惚れないか、観察しているような。そして『可愛い』と俺が発言すれば、まさか惚れられたのかと、慌てて自身の『わがまま』アピール。……俺とは、婚約したくないのですね?」
「……っ、……申し訳、ありません」
完全にこちらの思惑などバレバレだったのだと、レティツィアは体を固くし、緊張した。怒られるかもしれない。もしやプーマ王国の第二王子のように、怖い目にあわされるかもしれないと、体が震える。しかし、オスカーは優しくレティツィアを抱きしめた。
「怒っていないので、そんなに震えないでください。何がレティツィアをそうさせているのかと、気になっているだけですから」
そっとレティツィアが顔を横に向けると、すぐそこにオスカーの顔があり、オスカーは穏やかな笑みを向けた。本当にオスカーが怒っていないのだと分かると、レティツィアは涙を浮かべた。
「申し訳ありません」
再び謝罪を告げるレティツィアに、オスカーは苦笑する。離れて立っている、こちらに来たそうなマリアを目で制したオスカーは、自身の太ももに挟まれた小さなレティツィアを抱きかかえて、今度は膝上に乗せ、抱きしめた。
涙が止まらないレティツィアを、泣き止むまでオスカーは抱きしめ続けた。
そして、涙がようやく止まり、落ち着いたレティツィアは、恥ずかし気に再び謝った。
「泣いてしまい、申し訳ありません」
「俺は、レティツィアの涙は好きのようです。だから、謝らなくていいですよ」
オスカーはレティツィアの涙の跡にキスを落とす。驚いて真っ赤になるレティツィアは、顔をうつむかせる。
「うーん、顔を見たいので、上げてくれませんか? でないと、またキスをしようかな」
ばっと真っ赤な顔を上げるレティツィアに、オスカーは楽しそうに笑みを浮かべた。
「一応言っておきますが、俺がレティツィアに『可愛い』と言ったのは、嘘ではないですからね。レティツィアの兄上の気持ちが分かると言ったでしょう。レティツィアの言う『わがまま』は、可愛いんです。それをどう勘違いしていたのか、レティツィアの『わがまま』に耐えられなくなった俺に『婚約しない』と言わしめさせたかったのでしょう? その理由を聞いてもいいですか?」
レティツィアはもう嘘は言いたくなかった。優しいオスカーをもう騙せない。レティツィアは口を開いた。
「ただの、息抜きの旅行の予定だったのです。少しの間だけでも、今の日常から抜け出せるようにと、そのちょうどよい機会が、オスカー様からの婚約者候補の打診でした」
「息抜きですか」
「申し訳ありません……。今のわたくしは自由のない籠の鳥と同じです。いつプーマ王国の第二王子から攫われるのではないかと、ビクビクして過ごしていました」
「プーマ王国の第二王子に何度も求婚されていることは知っています。そして何度も誘拐されかけているということも」
「そう、でしたか。そうですよね、わたくしの誘拐は、毎度騒ぎになりますもの。調べれば、すぐに分かることですね」
レティツィアは苦笑した。それはそうだと思ったのだ。婚約者候補に上げる相手を、少しは調べるものだ。
「最初の誘拐は、十三歳の時に公の場で求婚されてから、少し経った頃でした。お忍びではなく、わたくしは友人と剣飾り用の糸を買いに出かけたのです」
恋人や好きな男性が騎士の場合、剣飾りをお守り代わりに贈る伝統がある。それは手作りが好ましく、レティツィアも次兄ロメオに作って渡そうと、糸を令嬢の友人と買いに出かけた。
「糸の店は、店主は違っていても、隣の店と建物は同じでした。実は裏で通路が繋がっているのです。そういう店があると、その当時はわたくしは知りませんでした。どうやら裏口も複数の店で同じ場所を使っているようで、そこからその時は第二王子自ら入ってきました。どうやって知ったのか、わたくしが出かけることを知っていた第二王子は、わたくしに『お茶に誘ってやる』と言って、わたくしを無理やり裏口から連れ出しました。わたくしは当然抵抗しましたし、わたくしに付き添っていた侍女も必死にわたくしを庇おうとしました。ですが、第二王子は男性を複数連れていて、わたくしと侍女はあっという間に裏口から連れ出されました」
店の表の外には、レティツィアの護衛騎士もいたのだが、まさか店の裏口から攫われるとは思っておらず、店の中の騒ぎに気付くのが遅れたのだ。その時の友人の令嬢には、第二王子は目もくれなかったので、友人は無傷で助かってほっとした。
「友人が表にいた護衛を呼び、護衛がすぐさまわたくしを追ってくれたので、わたくしは無事でした。ですが……当時のわたくしの侍女は、わたくしを庇ったばっかりに、殴られて怪我をさせてしまいました」
その侍女は今は元気に、王宮内でレティツィアの侍女ではない仕事をしている。
「国として、プーマ王国に抗議しました。しかし、第二王子はわたくしをお茶に誘っただけだと言い張りました。侍女は勝手に転んだのだと、わたくしと侍女以外に殴ったところを見たものがいないので、それ以上追及できませんでした」
それに、レティツィアはその時のことが怖くて、もうそれ以上大事にしたくない、という気持ちもあった。
「それからというもの、今までに誘拐未遂が四度あります。最初以外、第二王子ではなく、雇ったものが実行犯で第二王子が犯人という証拠がなく、第二王子を追及できていません。わたくしはできるだけ出かけず、出かけても最大限に注意して過ごしてきました。王立学園にも合格しましたが、第二王子が通っていますので、わたくしは通うのを諦めました。両親や兄たちは、わたくしができるだけ普段と同じように過ごせるように心を配ってくださっています。わたくしはそれが十分分かっています」
最初の誘拐未遂以降、第二王子と今まで相対したのは、王家主催のパーティーくらいだ。最低限しかパーティーには出ないレティツィアと会うために、色んな手を尽くして第二王子はレティツィアに会いに来た。パーティー中も、何か理由を付けてはレティツィアと二人っきりになろうとし、そのたびに兄たちが言い訳をして守ってくれていた。舐め回すようなぞっとする目、その目を見る限り、第二王子はいまだレティツィアを諦めていないのは分かる。
「王立学園は、ちょうど今頃卒業の時期です。第二王子は今回王立学園を卒業します。そして、わたくしはあと少しで十八歳になります。成人すれば、親の承諾なく結婚できる年。第二王子はわたくしと結婚するために、あの手この手を使ってくることが予想されます。わたくしは王宮の自室に籠ることが増えるでしょう。ですから、その前に両親と兄たちが、わたくしが気分転換できるようにと、アシュワールドへ送り出したのです」
帰国すれば、レティツィアは第二王子と結婚をすると言うつもりであることは、ここでは伏せた。これは両親と兄たちも知らない、レティツィアが心の内で決めたことだ。オスカーにも言う必要はないだろう。
「そういう理由で、アシュワールドからの婚約候補の打診を利用してしまい、オスカー様には大変申し訳ないことをしてしまっていると反省しています」
「……事情は分かりました」
じっとレティツィアを見るオスカーに、本当に申し訳ないと思う。
「でしたら、こちらにいる間は、最大限に楽しまれていかれるといい。俺もできるだけ付き合いますから」
「……え?」
「俺もプーマ王国の第二王子の性格は知っています。あんな男に狙われているレティツィアを不憫にも思う。そんなレティツィアを責める気はまったくありません。もう数日しかありませんが、我が国にいる間、楽しまれてください」
レティツィアは涙を浮かべた。
「ありがとう、ございます」
「いいえ。そうだ、提案ですが、このまま『夫婦ごっこ』は続けましょうか。俺もなかなか楽しいですし、あと数日間の間ですから」
「……よろしいのですか?」
「いいですよ。言ったでしょう、レティツィアのわがままは可愛いんです。俺はそれを楽しませてもらいますから」
レティツィアの頬に手を添えて、オスカーはレティツィアの頬を撫でた。そんなオスカーに、レティツィアは笑って抱き付く。
「さっそく夫の俺にわがまま中ですね?」
あと数日だけ、レティツィアに優しい幸せが与えられたことに、レティツィアはくすくす笑うオスカーに感謝するのだった。