Magic Halloween
「石塚、英理さん?」
学校生活でフルネームで呼ばれるなんてそうそうなくて、思わず後ろを振り返ると東野透がいた。
びっくりしすぎてガタンと音を立てて勢いよく立ち上がる。
たしかに今、こいつに名前を呼ばれた。
この姿で話したことなんてないのに。
「あなたが、石塚英理さん?」
ヤツも半信半疑なのか、目をころころ動かしながら再度問いかけてくる。
「……そ、そうですけど」
「へえー。すごい。昨日とは別人だ」
弧を描く唇に、あいつは昨日のあたしと気づいたんだ、と直感する。
でもなんで?
「受付の子に聞いた」
不思議そうな顔をあたしがしていたのに気づいたのか、謎はあっさり解明されて、瞬時に脳裏に昨日の受付の子が浮かぶ。
そしてその瞬間に口止めしておけばよかったと後悔する。
「それにしても女の子って怖いね。化粧と髪型であそこまで変わるんだ」
「な、なんの話ですか」
「とぼけても無駄じゃない? 声は変えてなかったみたいだし」
一応抵抗はしてみたが、顔色一つ変えず笑みを深くする。
ヤツはそのままゆっくりとあたしに近付いてきて、立っているあたしに覆い被さるように窓に手をついた。
だからこの人距離近いんだって!!
「あんた、高斗のためにあそこまでしたの? 名前まで偽ってさ」
「なにいっ……」
「そこまで、好きなの?」
大きな丸い目が、あたしを見下ろしている。
まるで子犬のようだと、思った。
「俺さー、あんたのこと好きになっちゃったんだけど」
「……は!?」
「高斗なんかやめて、俺にしない?」
「なにいって」
「俺めっちゃ本気。ほんとだよ」
当然あたしは告白なんてされたことはない。
ましてやこんな顔の整った人に。
どくん、どくんと心臓が脈打つ。
ヤツの瞳が閉じられて、ゆっくりと端正な顔が近づいてくる。
「ちょ、ちょっとま……」
待ってほしいのに、でるのはかすれた音だけ。
心はこんなに叫んでるのに、声が従ってくれない。
あたしに構わず、近づいてくる息遣い、気配。
ぎゅっと目を閉じると、その瞬間浮かんだのは高斗の顔だった。
「やっ……!」
めいいっぱいヤツの身体を押すことはできて、あたしは顔を俯かせた。
その瞬間、安堵で瞳から雫が落ちていく。