この結婚には愛しかない
「ところで今日は何しに日本に来たの?うちに来てって誘いは早々に断られたのに」

「(そうなんだ...)」

「台湾の実家に帰る前に、あなたにおめでとうを言うためよ」

「本当に?」

「ええ。伊織、莉央、結婚おめでとう。この私を振ったのよ?私を選ばなくても幸せだと証明しなさいよ」

「ミシェルありがとう。俺は今人生で一番幸せで満たされた日々を送っているよ。ここに来て本当に良かったと思ってる。莉央なしじゃ生きていけないよ」

「あーはいはい。あなたってそんなキャラだったのね」

部屋が和やかな空気に変化した。最初は取って食われるかとヒヤヒヤだったけど。

ホールディングスのことで話があるとミシェルさんが真剣な顔をされたので、私はここで退室した。伊織さんと彼女が2人きりでも心配ない。それにきっと、伊織さんに会いに来た本当の目的はこっちだろう。


正面玄関前を横切った時だった。


「小泉さん?」

その声を聞いただけで、ドクン、と心臓が悲鳴をあげた。

振り返ると、その男性が笑顔で近づいて来て、私の肩に手を置いた。


「いやあ久しぶりだね。相変わらず綺麗だね。いや、前よりも色っぽくなったかな。元気でやってる?」

肩に置かれた手が、すーっと腕をなぞりながら下に降りていく。値踏みするような、ねっとりとした視線と一緒に。

ガタガタ身体が小刻みに震える。


前職の、支店長だ。

< 194 / 348 >

この作品をシェア

pagetop