この結婚には愛しかない
『融資を受けることなく自己資金で独立できましたが、今かなり大きなプロジェクトが進んでいます。今後必ず百億規模の融資を受ける必要がありますが、それはその銀行にお願いしたいと意志を伝えてあります。そして今ある御行からの借り入れについては、近日中に預金で返済します』

『そんな...』


電話の向こうで沈黙が流れる。

長谷川くんはガッツポーズ、大森室長は厳しい顔つきだ。

佐和と私は何も言わず、ただ手を強く握りあっていた。


伊織さん、もう十分です。ありがとうございます。本来なら経理部長がやり取りされるところを、わざわざ伊織さんが出ていってくださったんですね。


『困ります...』

聞き取れないほどの小さな声が聞こえ耳をこらす。

『困ります。御社との取引がなくなってしまったら、私はもう支店に戻れません。東京の本店や本部にどう報告すればいいか...お願いします。どうかこのまま取り引き継続を』

『総合的判断から、今後御行と付き合うメリットがないと判断しました。話し合いは終了です。お引き取りください』

『お願いします!土下座でもなんでもしますから』

『この決定は覆りません。まだ食い下がるなら最後に一言。ここからは完全に個人的な話をします。この度の経営判断には一切関わっていないことを先に伝えておきます』

『個人的?...ですか?』

『小泉莉央は俺の妻だ』


“私”から“俺”に変わっただけじゃない。

怒鳴ったわけじゃない。でも明らかに怒気を帯びた声に変化した。
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