この結婚には愛しかない

『えっ?小泉さんが?』

『銀行員時代にあなたから受けたハラスメントは把握しているが、でもそれを直接本人から聞いたわけじゃない。昨日あなたに会ったあと、妻は酷く怯えていて食事もとれなかった。それでも彼女は何も無かったかのように振る舞おうとしていた』

『昨日は久しぶりに会って挨拶をしただけで...』

『ただの挨拶?じゃあなぜ妻に触れた?腕を撫でていたと報告を受けたのだが』

『いや、その...』

『妻は過呼吸の症状が出て、あの後業務に戻れなかった。あなたから受けた妻の心の傷は一生消えない』

『・・・』

『過去のハラスメントは時効だが、昨日の件で訴訟を起こしてもいい。もしくはそこの頭取以下、上層部とは面識があるから今この場で連絡を取ることが可能だ。俺はあなたを社会的に抹殺したい。でもそれをしないのは、妻がそれを望んでいないから。何か妻に対して言うことは?』

『...申し訳ございませんでした』

『俺はあなたを許さない。ここには出入り禁止だ。妻にも二度と関わらないでくれ。この先もし妻を傷つけるようなことがあれば、迷わず社会的制裁を与える。これは脅しじゃない。分かったら出て行ってくれ』


通話が終了し、静まり返った専務室に、私と佐和のすすり泣く声が響く。


程なくして、ガチャリ、扉の開く音がした。

「伊織さんっ!」

戻って来られた伊織さんの胸に飛び込んだ。

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