この結婚には愛しかない
帰任後のポジションは、出向前から決まっていた。

何十人もいる常務の中の1人の向川(むかいがわ)常務が父の友人で、さらには大学の先輩。

出身大学というくだらない枠組みの、数ある排他的な派閥の中でも、最有力派閥のトップの人物から、そう約束されていた。

子会社出向で、箔をつけてこいと。


派閥に属したつもりはないのに、他の複数の派閥の人間から敵視され、足を引っ張られる日々。

それがまた始まるかと思うとゾッとする。社内政治は興味ない。仕事だけに集中させて欲しい。

それに、そんなことをしている場合ではないと、早く気づかなければこの先どうなるか。

日本を代表する企業だからと思い違いをしていると、会社の存続すら危うい。


出向期間中、ホールディングスとは、2週間に1回の定例幹部候補会議にWeb参加という形で関わっていた。

細谷から改めて、社員目線でホールディングスの現状を聞くことで、経営層とのギャップを再確認した。

両者の溝は深い。


1時間ほど経過し細谷が酔い始めた時、最後の料理がやってきた。

「美味そ。神さん牡蠣好きでしたよね?」

「ああ、うん」

今日1日、なるべくフタをしていた記憶。“彼女”の笑顔が脳裏に浮かぶ。


「食べないんですか?美味いですよ」

細谷が茶色い衣がついた揚げたてを熱そうに頬張りながら、美味い美味いと繰り返す。
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