この結婚には愛しかない
次第に俺自身も彼女に好意を抱くようになっていた。

いや、彼女からの気持ちが嬉しい時点で、もう好意を抱いていた。


俺は彼女が愛しかった。ただ純粋に。

笑顔も声も、仕草、優しさ雰囲気。仕事に対する姿勢、時に失敗し落ち込んでいる背中でさえも。

他に挙げればキリがないほど、彼女の全てが愛しかった。


好きだの嫌いだのではなく、もっと深い、愛のような感情。

可愛い。大切にしたい。守りたい。


彼女が恋人になった未来を想像し、その都度頭の中をリセットした。何度も何度も。


「でも神さん。女はすぐ心変わりしますからね。男ですよ、いつまでもうじうじ未練がましいのは」

「だからそんなんじゃないって」

「いやあ、どうも神さんの雰囲気が普通じゃないんだよなあ。1年で変わりました?何があったんですか?」

無駄に鋭い細谷は笑って誤魔化した。


心変わり、か。

それでいい。

俺のことは忘れてくれればいい。

結局彼女の俺への気持ちが、憧れだったのか恋だったのか分からない。


どちらであっても、どうか俺のことは忘れて幸せになって欲しい。


俺は仕事に没頭すれば忘れられるだろう。

他にもなにか、この感情を消すすべがあるなら教えて欲しい。


この時は、本当にそう願っていた。
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