この結婚には愛しかない



「神さん部屋とるんで10分だけ時間ください」

そう細谷から社用スマホに電話があったのは、12月の頭に退職届を提出した3日後だった。

指定されたミーティングルームに行くと、先に来ていた細谷は椅子に座らず、6人入ればいっぱいになる狭い室内をウロウロと歩き回っていた。


「お疲れ様」

「俺聞いてないです。神さんが辞めるって」

「ははっ、言ってないからね」

「ははじゃないですよ!神さんがいなくなって、この会社どうなるんですか?本当に潰れますよ」

「(潰れはしないよ。買収の協議が最終段階に入ったから)」


まあ座りなよと声をかけ椅子に座ると、隣に座り距離を詰めてくる。膝が当たりそうで身を引くとさらに詰め寄ってくる。

「いやです。取り下げてください」

「無理だよ。これでも秋から散々引き止められて、やっと受け取ってもらえた。年内退社の希望だったのに3月末まで引き伸ばされた。けど、それもどうなるか」

「そんな...神さん辞めてどうするんですか?起業ですか?あ、分かった引き抜きでしょ。外資ですか?」

「まだ誰にも言うなよ。出向先のあの半導体事業の子会社の経営に入る」

え?と一段と大きな声を出し、今度はウソでしょと呟いて放心状態だ。


「俺も連れて行ってください。神さんと働きたい」
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