この結婚には愛しかない
食事もとらず、寝るまでそばにいて欲しいと言われ、ふと、自分の間違いに気づいた。


莉央は俺が忙しいからという理由だけで、言わないでくれと頼んだわけじゃない。

1年間一緒に働いた。3年を経て、また1年間、今度は上司と部下だけでなく、夫婦として多くの時を共に過ごした。


俺の厳しさを理解しているからだ。

莉央は仕返しなんか望んでいない。莉央はただ、もう2度とあいつに会いたくない。同じことが起きないことを願っているだけだ。

そしてきっと、俺の立場も考えてくれている。


明日はなるべく冷静に、取引をやめる。ただその事実だけを突きつければいい。

それを普段俺がいる部屋で、どこかに俺の存在を感じながら聞いてもらって、もうあいつに怯えなくていいと、安心を与えてあげればいい。


涙を堪えながら、こんな俺のことを万能薬だと言って甘えてくれる、心優しい莉央。

今度こそ、俺が必ず守るから。


前職での辛い記憶を、きれいさっぱり忘れてしまうことは不可能だろう。

莉央の心の傷は俺が思っていた以上に深い。


この先ずっと、鍵をかけてどこかにしまっておけるように。


そのうちいつか、どこにしまったか、忘れてしまえるように。
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