この結婚には愛しかない



本気でこのまま専務室で抱こうと思ったのに、莉央に全力で拒否されて。

じゃあ家で。と何とか我慢した俺を、莉央が助手席から笑顔で見つめてくる。


「ん?」

運転中だから、チラリと視線をやっただけの俺に、ゆっくりと話し始めた。


「伊織さんがどこまでご存知か分からないんですけど、聞いてもらえますか?」

「うん」

「銀行時代の話なんですけど、支店長にセクハラされて、拒んだら支店にいられなくすると脅されて、でもそれは脅しじゃなくて、」

「莉央待って。無理して話さなくていいよ」

つい話をさえぎってしまう。初めて莉央本人の口から語られる、前職での辛い経験。もうさんざん苦しんだんだから話さなくていい。


「いえ、聞いて欲しいんです。わたしの口からきちんとお話したこと無かったから」

「わかった。でも辛くなったらやめるって約束して」

「はい」と笑顔を見せてくれ、ひとまず安堵する。


「支店長の無視が始まりました。理不尽に怒鳴られたり。次第に大森室長以外のほとんどの行員から無視されて...仲良かった同僚たちからも無視されて、本当に辛かったです。でも、支店長がいない時だけ本当は無視したくないのにごめんって謝って、優しくしてくる人が何人もいたことが怖くて、人が信じられなくなりました」

うん、うん、と相づちをうちながら聞いているものの、莉央が可哀想で聞いていられない。

大まかな話は大森室長から聞いていたのに、莉央から聞くのは重みが全く違うし、詳細な内容はショックが大きい。


今からでもあの支店長には社会的制裁を与えるべきでは、と考えてしまう。
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