この結婚には愛しかない
結局いつものように揃ってエレベーターに乗った。
狭い空間で、長谷川くんが「俺に残された道を見つけた」と笑顔で独り言ちる。
「何が?」
「専務にとっとと告って振られてください。それしかないわ」
そうしてくださいよ。と嬉しそうに笑う長谷川くんに、勝手だけど安堵して。
「長谷川くんそれ酷くない?」
「割と本気です。 ここぞとばかりに傷心につけこんで思いっきり愛します。ドロッドロに愛して甘やかして沼らせてやる。俺なしじゃ生きていけないくらい」
「やだなんか卑猥」
「どっちが」
正面ロビーを出ると神田専務の姿があった。
ちょうど社長たちとタクシーに乗り込むところだった。
神田専務はご自分が乗られる前、ほんの一瞬周りに目をやった。たまたま私たちの姿が目に入ったようで、笑顔でこちらに手を上げてくださった。
「なんだそれ...かっこよすぎだろ」
「本当、すごくかっこいい」
「小泉さんが今朝のあの人の挨拶で泣いてたの気付いてるから。社内最高位会議の役員会で泣きやがったってしばらくイジるから」
「やめて!」
きっとお互い感じている。いつも通りのようで、そうじゃないことを。
でもそれを隠すように振る舞いながら家路についた。