今でも忘れられない母の物語
 90年代後半だった。
老健での仕事を終えてのんびりしていた時に見たドキュメンタリー番組が有る。
 20年以上経った今でもそのドキュメンタリーは忘れられないので書いておきたい。

 ある若いお母さんの話だった。
途中から見たので詳細は分からないが、末期の病気だった。
既に一切の治療を諦めて静かに暮らしていた。
 季節は夏。 まだまだお母さんも元気である。
お母さんには二人の息子が居て二人とも素直に育ってくれていた。
 生まれた時には『よく生まれてきてくれたね。 一緒に頑張ろうね。』っていう
メッセージカードを贈っている息子たちだという。
 以後、お母さんは誕生日のたびにメッセージカードを贈っていた。

 秋、9月になるとお母さんは少しずつ体力が落ちてきた。
余命は半年、この冬を越えられるかどうか、、、というところだ。
 10月になると起きているのがやっとになり、さらに体力が落ちてしまったことが分かる。
そして、、、。

 11月、その日はやってきた。
「先に死んじゃうけどごめんね。 子供たちをよろしくね。』
そう言ってお母さんは旅立って行った。
 ぼくが感動したのはその後である。
 お母さんが亡くなった瞬間、お兄ちゃんが深々と頭を下げたのである。
「9年間 お世話になりました。 ありがとうございました。」
それに次いで弟も頭を下げた。
 殺伐としたニュースが多い中でほっこりしたドキュメンタリーだった。

 お兄ちゃんが言った言葉、「お世話になりました。」は誰が教えたわけでもない。
セリフが用意されていたわけでもない。
お兄ちゃんが自分で考えてお母さんに贈った言葉だった。
 お母さんはその言葉を聞いてどれだけ嬉しかったか。
どれだけ感動したことか。
 ぼくも息子が居る。
離婚したから離れてしまったけれど、心の中に居る。
ぼくだっていつかはこの世を離れていく。
 息子はどんな目でぼくを見送るのだろう?
 親は子供に感謝し、子どもが親に感謝する。
それは義務でも何でもない。
ごく自然なことが忘れ去られているようですごく寂しい。
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