あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~
 彼の屋敷は関所を越えてすぐにあった。だからザフロス辺境伯なのだ。
 大きくて立派な屋敷が見えてきたときは、レナートとは何者だろうと思った。彼は、肝心の身分を明かしていなかった。
 それでも騙されたとは思っていない。彼を信じてここまでついてきたのはウリヤナ自身が決めたことである。
 レナートがウリヤナを連れて屋敷へと入った時には、使用人一同が温かく迎え入れてくれた。そして、ウリヤナの妊娠を知るや否や、割れ物でも扱うかのように丁寧に接してくれる。
 彼の子ではないのに――。
 その気持ちがウリヤナを素直にさせなかった。
 お腹に向かって語り掛け、魔力を注ぐ彼の表情は、いつも柔らかい。目元も緩んで、顔も綻んでいる。誕生を今か今かと心待ちにしてくれているのが、ウリヤナにも伝わってくるのだ。
「ああ、そうだ。ウリヤナ。会わせたい人がいるのだが、会ってもらえるだろうか。体調は、落ち着いたのだろう?」
「ええ。心配ないわ」
「だが、顔色がよくない」
「大丈夫よ……ほら、あなたが会わせたい人がいるっていうから、それで緊張しているのよ」
 ここに来てから、他の者と会ったことがない。立派な屋敷に住まわせてもらっているが、それも上階にある日当たりのよい部屋で、気分がよいときには庭園に散歩に出る程度だ。
 けしてレナートがここに閉じ込めているわけではなく、今は大事な時期だからと過保護になっているだけ。それも、ウリヤナの気分が優れなかった時期が長かったせいだろう。
「そんなに緊張する必要はない。俺の兄だからな」
「お兄様? レナートにはお兄様がいらしたの?」
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