あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~
 こういった見知らぬ人との馬車の旅も悪くはない。ウリヤナの過去を知る者はここにはいない。
 休憩の間、馬車を引く馬には体力回復薬が与えられる。こうやって馬車馬は、昼の間はわずかな休憩だけで何時間も馬車を引くのだ。そのため『馬車馬のごとく』という言葉は、この国では半奴隷的な立場を指す言葉でも使われていた。
 移動中の馬車の中では、誰もしゃべらなかった。幼い男の子でさえ、声をあげるようなことはせず、母親に寄り掛かってうとうととしていた。
 あの年のわりには聞き分けのよい子だなと思って、ウリヤナも感心したものだ。
 だが今、目の前で男の子は外を走り回っている。走り回って息があがってくると、立ち止まって息を整えてから、ウリヤナに話かけてきた。その笑顔はとても素直で、ウリヤナにとっては眩しく見えた。
「ぼくとおかあさん、ソクーレに行くんだよ」
 彼らは王都ネーウで暮らしていたが、父親が亡くなり暮らしが立ちいかなくなって、母親の生まれ故郷であるソクーレに戻るらしい。
 男の子の父親は、騎士団に所属していたとのこと。下級騎士であったが、王都の外れで起こった暴漢事件に誰よりも早く駆けつけ、そのときに犯人によって刺されてしまったようだ。その暴漢は、あとから駆けつけた他の騎士によって取り押さえられ、今は騎士団が常駐している建物にある地下牢で身柄を拘束している。
 ――そういえば、そのような事件があったかもしれない。
 男の子の話を聞いて思い出した。
 王都の警備が行き届いていなかったのが原因だ。
 聖女である自分に、何かできないだろうかと胸を痛め、クロヴィスに相談した時期もあった。だが、彼にとっては下級の民の生活など、興味がないように見えた。
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