あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~
 ウリヤナが必死に訴えても、クロヴィスからは「ふぅん」としか返ってこない。彼が話を聞いてくれなければ、内容が内容なだけにウリヤナが相談できる相手などいない。心にもやっとした何かが残ったが、結局何もできずにいた。
 そんな彼らも苦しみから解放されるようにと、神殿で祈りを捧げることしなかった。もしかしたらそれは、ただの自己満足だったのかもしれない。
「大変だったわね」
 男の子の話を聞き終えたウリヤナが口にできたのは、たったその一言だけ。喉の奥がつかえて、次の言葉は出てこなかった。
 だけど、優しく男の子の頭を撫でれば、彼は目を細くした。それは、すり寄ってくる猫のようにも見えた。
 馬車に乗ると、あれだけはしゃいでいた男の子も静かになる。こくりこくりと頭を動かして、母親に寄り掛かって眠ってしまうのだ。
 じっと見つめていると、母親が彼に魔法を使っていることに気づいた。
 母親が顔を上げると、右手の人さし指を唇の前で立てている。
 ウリヤナはゆっくりと小さく頷いた。
 子どもの小さな身体では馬車での長時間移動は負担になる。だから母親は魔法を使って眠らせている。彼女が息子を撫でる手は、慈愛が溢れるかのように優しかった。
 太陽が半分ほど西側に隠れた頃、中継点のテルキの町に着いた。ソクーレに向かうには、あと二つの馬車を乗り継ぐ必要がある。
 今日はテルキの宿で一泊する。
 質素な宿であるが、横になって休めるのはありがたい。あの母子も同じようにソクーレに向かうと言っていた。
 部屋はシンと静まり返っている。小さくて硬い寝台と、簡素な備え付けの机だけが置いてある狭い部屋。
 寝返りを打つたびに、寝台はギシギシと軋んだ音を立てる。空気は冷たいが、どこか湿っぽいにおいもする。肩まで掛布を手繰り寄せる。
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