あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~
 魔力はほとんどの人間が備えており、生活のために必要な魔法を使う。火を起こす、明かりを灯す、湯を温める。そういった魔法を生活魔法と呼ぶが、このような大きな魔法を使えるまで魔力を持っている人間は少ない。
 特にこのイングラム国においては、これだけの魔法を使えるだけの魔力を持ち合わせている人間が非常に少ない。すなわち、魔術師と呼べるような存在が貴重なのだ。それでも、各所に一人くらいは配置されているはずなのだが、来るのが遅い。
 ――たすけて……たすけて……。
 レナートは宿に向かって動かしていた足を止めた。
 幼い声が聞こえてきた。それは耳に直接聞こえてきた声ではない。頭に直接呼びかけてきた声である。
 ――たすけて……たすけて……。誰かたすけて……。
 思念伝達魔法――心の声を飛ばす魔法をそう呼んでいる。
 この状況で「助けて」と訴えるのは、この爆発に巻き込まれ人間ではないのだろうか。そして声から察するに子どもである。
 くるりと向きを変えると、背中で一つに結わえている黒い髪がバサッと揺れた。
 声のする場所を探る。
 ――たすけて、たすけて……。おねえちゃんをたすけて……。
 もちろん助けを呼ぶ声に応えたいという思いもある。レナートもそこまで薄情な男ではない。ちょっと人より表情に乏しいが、あの爆発事故に巻き込まれ、今すぐに助けが必要と思っている者がいて、それがまして幼い子というのであれば、助けてあげたい。
 だが、それよりもこれだけ幼い子が思念伝達魔法を使って助けを呼んでいる状況が気になった。
 思念伝達魔法は高等魔法である。魔術師の中でも使える者は限られている。それを、幼子が使い、助けを求めているのだ。意図的か無意識か。
 レナートは感覚を研ぎ澄まし、声がするほうへと足をすすめる。建物を覆っていた炎の勢いは弱まっていた。それもこれも、レナートが呼び寄せた雨雲のおかげである。
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