あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~
 それでも勢いが弱まっただけで、炎の色がすべて消え去ったわけではない。
 燃えた建物の近くの少しだけ奥まった路地に、複数の人がへたりと座り込んでいた。建物の壁に背中を預け、足を投げ出している者もいる。ここまでなら、炎や煙も届かないだろう。
「宿にいた人間か?」
 レナートが声をかけると、彼に気づいた人間は生気のない表情を向けてきた。
「俺に助けを求めたのは誰だ? 子どもがいるのか?」
 近くにいた人物を見回しても、助けを求めた人物が誰かはわからない。ここには、大人も子どももいた。男性も女性も。
「ぼく……」
 立っていた五歳くらいの男の子が、おずおずと手をあげた。寝衣姿なのは、眠っていたところを逃げてきたからだろう。
「おじさん。ぼくの心の声が聞こえたの?」
 心の声。彼にとってはそう表現するのがしっくりとくるのだろう。本人は、思念伝達魔法を使っていたつもりはないのだ。
「怪我は?」
 レナートが尋ねると、男の子は首を横に振る。見たところ、両足でしっかりと立っており、意識もはっきりとしているようだ。
 てっきり怪我をして動けないものだと思っていた。煤などで汚れてはいるが、見たかぎりでは大きな怪我はないようだ。
「だけど、おねえちゃんが……」
 そう言われれば、先ほどの声も「おねえちゃんをたすけて」と言っていた。
「わかった。騎士団がくるまでできる限りのことはしよう」
 男の子はレナートの上着の裾を引っ張った。こっちへ来い、と言っているにちがいない。
 宿の客と思われる人々は惚けており、うすら汚れた感じではあるが、大きな怪我を負っている者はいないように見えた。
「おねえちゃんが、ぼくを助けてくれた……」
 路地の一番奥に、一人の女性が横たわっている。その側では、別の女性が何か布地をあてがって止血をしている。
「おかあさん。おじさんが、おねえちゃんを助けてくれるって」
 男の子に「おじさん」と呼ばれるたびに、もやっとした気持ちが生まれるのだが、今はそれを気にしている場合ではない。
< 38 / 177 >

この作品をシェア

pagetop