御曹司は初心な彼女を腕の中に抱きとめたい

惹かれ合い

10時。
駅の改札で今日も待ち合わせ。
昨日の今日でどんな格好をしたらいいのわからず、何度もクローゼットを開け閉めし試着を繰り返した。そんなことをしている間に待ち合わせの時間が近づき、結局白のデニムスカートに黒のトップス、黒のカーデガンを持った。足元はスニーカーでラフすぎるかも知れないと思ったが、これが普段の私。もし奥山さんに引かれてしまうのならそこまでなのかも知れない。手には最近お気に入りの革のトートバッグを持って行った。
改札に着くと早めに着くよう出かけてきたつもりだったがすでに奥山さんは到着していた。いつもと同じように目元は前髪で隠していた。仕事帰りに会う時のようにジャッケットではなく今日は黒のデニムパンツに白のTシャツとグレーの薄手のカーデガンを手にしていた。

「ごめんなさい、遅くなりました」

私が改札から駆け寄ると、彼は少し前髪をかきあげた。そして前に見たことのある整った表情に笑顔を浮かべていた。

「まだ待ち合わせの時間前。みちるちゃんも早いね」

初めて名前で呼ばれた!
一瞬で顔が火照り、熱くなった。ドキドキして今日一日私の心臓が無事に終わるのか心配になってしまう。

「さて、まずは約束した映画でも見に行こう」

彼はそういうと歩き始めた。私の歩幅に合わせ、隣を歩きながら色々な話をしてくれる。美和は彼の見た目で暗そう、と言っていたがそんなことはない。むしろ話題が豊富で、楽しませてくれる。仕事の話も教えてくれ、彼の話題は私を飽きさせない。

「お、あれなんてどう?」

最近アカデミー賞にノミネートされた話題の映画を指さしていた。どんな映画がいいのか悩んでいたので彼の提案に頷いた。チケットを購入し、ドリンクを手に座席に向かった。話題作なだけあり、ほぼ満席の状態だった。隣に並んで座る彼に緊張をしていたが、映画が始まるとのめり込むように見入ってしまった。
途中スリルがあ離、ハッとするシーンがあった。私はアッと息を飲み体を固くし、顔を背けてしまうと私の手がギュッと握られた。温かくて私の手をすっぽりと包みこむような大きな手だった。彼はそのまま何も言わず、映画が終わるまで手を握っていてくれた。映画が終わっても手を離してくれない。明るくなったシアタールームで私は握られた手をまじまじを眺めた。

「こんなスリルのある映画だと思っていなかったけど、おかげでみちるちゃんの手を握れたから役得だったよ」

揶揄うような言葉に、私は顔が火照ってくるのを感じた。彼はその私の反応を楽しむように、包み込んでいた手を握り直し、手を繋ぐと立ち上がった。彼に手を引かれるように映画館を後にした。

「さ、何か食べようか」

彼はなんでもないように手を繋いだまま歩き始める。私は男性と手を繋ぐのも初めて。何か食べようと言われてもそれどころではない。手に汗をかいたらどうしよう、とそんな心配ばかりしていた。

「みちるちゃん、そんなに緊張しないで。俺だって緊張する。でもせっかく手を繋げたチャンスを棒に振るほど弱気でいたくない」

私を見つめながら彼は真面目な声でそう言った。私だけが緊張しているのではないと言われ、なんだか少しホッとした。彼がこうやって女の子と手を繋ぐのが自然だったら私にはハードルが高い。でも彼の言葉はなんだか誠実だった。そしてどこか心がくすぐったくなるような気持ちになった。
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