御曹司は初心な彼女を腕の中に抱きとめたい
食事の後、立ち寄った売店で私はペンギンのクリップとクラゲがモチーフのキーホルダーを買った。
鉱石型の中に海の中のような青のグラデーションがかかっており、中にはクラゲが浮かんでいた。一目見て気に入ってしまった。奥山さんにも気に入ってもらえれば、と思いお揃いのものを選んだ。
さっきは意を決して告白したが通じなかった。かといって改めて告白しようと思うと勇気が出なくなってしまう。
さっきの勢いはなんだったのだろうと思うくらい言葉が出てこなかった。
彼に伝えたい気持ちは嘘ではない。けれど彼を目の前にすると“好き“って短い言葉が私の口から出ない。
やっと自覚したこの気持ちをどうしたら伝えられるのだろう。

「みちる」

お店の外に出ると彼に呼ばれた。彼の手にはコツメカワウソのぬいぐるみが抱かれていた。

「はい、お土産」

「え?」

「さっきみちるが楽しそうに見ているのを思い出したんだ。なかなか愛嬌のある顔をしているだろ? うちに連れて帰ってやってくれ」

笑いながら私の手にコツメカワウソを抱かせてきた。確かにさっき動き回るコツメカワウソが可愛くて立ち止まって眺めていた。彼にそれほどまでに見られていたと気が付かなかった。

「あ、私も奥山さんにお土産があるんです」

今買ったばかりのキーホルダーをバックの中から取り出した。

「すごく綺麗で気に入ったんです。もらってもらえますか?」

彼は受け取ると陽の光にかざしていた。

「クラゲ? すごく綺麗だな。海の中にいるようだ。ありがとう、大切に使わせてもらうよ」

「私のほうこそこんなに可愛いカワウソをもらってしまって、ありがとうございます。大事にします」

私がぎゅっと抱きしめると彼は何故かぬいぐるみを私の手から取り上げた。

「みちるの手は、今は俺専用」

なんでこんな言葉がさらりと口から出てくるのだろうか。私は彼の破壊力に心臓が爆発してしまいそうだった。
彼に手を引かれ車に戻ると、コツメカワウソは後部座席に乗せられた。
私が助手席に座ると、車は走り出した。
のんびり水族館で過ごしたので外はだいぶ夕暮れになってきている。水平線をぼうっと眺めていると車は公園の駐車場に停められた。

「ここから飛行機が見えるんだ。少し歩かないか?」

成田空港が近く、空を見上げるだけでいくつもの飛行機が飛び交っていた。出発しどこかへ行く便や成田空港に降り立つ便、想像しただけでワクワクしてしまいそう。もう当然のように握られる私の手は、当然のように彼を受け入れている。彼が軽く握り締めているのをいつからか私も握り返すようになっていた。

「みちるは旅行に行ったりするか?」

飛行機を見上げながら奥山さんは話しかけてきた。
旅行は嫌いではない。むしろいろんな土地で美味しいものを食べ歩くことが大好きだ。

「行きますよ。最近だと島根に行きました。飛行機であっという間に着いて、出雲大社に行きお参りしてきました」

「いいな」

「そうですね。すごくいいところでした。玉造温泉で肌はスベスベになるし、出雲そばやしじみも有名ですね。それにえびす丼っていうのも食べてきました」

食べ物の話になるとつい声がはずんでしまう。

「みちるはいつでも本当に楽しそうだな。一緒に行きたいよ」

「行きましょうよ!」

思わず口にした言葉に彼はパッと私の顔を見た。社交辞令なのか、本心なのかを伺うような表情を浮かべていた。

「一緒に行きたいです」

もう一度勇気を出してそう言うと、驚いたように私を見つめている。そして私を見て確信したのか繋いだ手をグイッと引き寄せられた。
今までよりも一番近くに彼を感じ、喉の奥がぎゅっと締め付けられた。

「みちる」

「私、奥山さんが好きです」

震える声でその言葉を伝えると、抱きしめられた彼の手に力が込められた。私も彼にしがみつくようにシャツの裾を握りしめた。

「みちるの気持ちが俺に向くまで待つなんて言ったけど、本当はいつもそばにいるだけで気持ちが込み上げてきていた。みちるに振り向いて欲しくてどうしたらいいか正直わからなかったんだ」

「私は今日自覚したんです。奥山さんが髪をあげたのには驚かされました。でも女の子たちに見られて、正直前髪をあげないでほしいって思いました。目立たないで欲しかったんです」

私たちは抱き合ったままで、奥山さんの胸に顔を埋めながら私は自分の気持ちを伝えた。彼と向き合って話すには少し勇気が必要だった。

「私と並ぶと釣り合いが取れていないってわかってしまいました。でも、一緒に過ごしているといつもの奥山さんには変わりなくて……。そんな奥山さんは見た目がいいからと他の人に取られてしまうのはいやだなって思ったんです。奥山さんと話すのも一緒にいるのもすごく楽しい。そんな楽しい時間を他の人に取られてしまうって考えだけで胸の中が苦しくなってしまって」

「俺はさっきも話しただろ。みちるが一番可愛い。みちるだけが欲しい」

彼はそういうと私の顔をあげさせた。と同時に唇が重なった。何度も形を変え、重ねてくるうちに頭がぼうっとしてきて何も考えられなくなっていった。そして彼にしがみつくように背中に手を伸ばした。彼の腕の中で、彼だけを感じ、こんなにも彼に触れたかったんだと実感した。
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