御曹司は初心な彼女を腕の中に抱きとめたい
「そろそろ時間なんだ。慌ただしくて悪いんだけど移動していいか?」

「あ、うん」

膝に置かれたナフキンをたたむと私も立ち上がった。
彼はカードで会計をしてしまい、荷物を受け取るとホテルのカウンターでチェックインの手続きをしてしまった。
まさかここに泊まるの?
テレビで見るたびに、一生に一度はこんなところに泊まってみたいと思っていた。でもただの会社員には到底手が出ないようなラグジュアリーなホテル。食事が精一杯だと思っていた。それなのに彼はここも予約をしていたのかすぐにカードキーを渡されていた。
流石に私には敷居が高すぎる。
彼に手を引かれエレベーターに乗り込むと急速に上昇してしまう。そして、35階で扉が開いてしまった。

「蒼生さん! さすがにここは無理です」

私は彼に手を引かれ、部屋へ連れていかれそうになるが、思わず声を上げた。すると彼は驚いたように振り返ってきた。

「え?」

「私には敷居が高いっていうか、贅沢すぎるっていうか」

口ごもりながら説明をすると、彼はクスッと笑った。そしてそのまま何も言わず私の手を引いてカードキーで部屋の扉を開けてしまった。
部屋に入ると私は抱きしめられた。

「ずっとこうしたかった」

腕の中にすっぽりと包み込まれ、彼の匂いでいっぱいになった。私も思わず彼の背に手を回した。

「私もです」

「良かった。さっきは逃げられるのかと思ったよ」

クスクスと笑いながら私の頭に顎を乗せる。頭の上から聞こえる彼の声はどこか楽しげだった。

「蒼生さん、私にはちょっと高いっていうか。ごめんなさい、雰囲気を壊すようなことを言って」

「いいんだよ、そういう素直なところも好きなんだから。でも今日は特別だ。気にしないでゆっくりふたりの時間を過ごそう」

彼は私の背に手を当てると、ゆっくりと部屋の中へうながした。
部屋は最低限の灯りしかついておらず、部屋からは暗い海と停泊している船から漏れる灯りだけだった。
私はもっと見ようとバルコニーへ近づくと急に大きな音が聞こえた。

うわっ

思わず声を上げると目の前に花火が上がった。
連続して上がる花火とその大きさに私は興奮し、蒼生さんの腕をぎゅっと握った。
地上からしか見たことのない花火が目の前に広がっている。さっきまで部屋は薄暗く最低限の灯りしかなかったが、今は明るすぎるくらいだ。
耳を澄ますと音楽も聞こえてきた。音楽に合わせ打ち上げられているようだ。

「みちる、バルコニーに出よう」

彼に促され、窓際を開けると先ほどよりもクリアに音楽が聞こえてきた。バルコニーにはテーブルセットが置かれており、私に座るよう彼は椅子を引いてくれた。
目の前に見える花火を独り占めしてしまったような気持ちで私が花火に見入っていると、部屋に戻っていた彼の手にはシャンパンのボトルとグラスを手にしていた。

「はい」

グラスを渡されると彼が注いでくれた。
なんて贅沢なんだろう。
もう一度部屋に戻った彼の手にはチョコレートが冷たいガラスの上に置かれていた。
ようやく彼も私の隣に座るとグラスを手にした。
私が彼のグラスにシャンパンを注ぐと、小さく重ねた。

「こんな贅沢始めてです。花火がこんな目の前で見れるなんてすごいです。花火って上から見ても形は変わらないんですね」

「上空から見ると違うらしいよ。でもここだとあまり変わらないな」

「でも迫力が違います!」

私が興奮したように話すと笑っていた。

「そんなに喜んでくれるならここに連れてきてよかったと思ったよ」

彼はシャンパンを飲み干すと、クスクスと笑っていた。最初に会った時にはこんな表情をするなんて思っても見なかった。髪で顔を隠し、みんなとの会話には入らないし、食べてばかり。私も人のことは言えないが、愛想のない人だと思った。
それなのに今はこんなにも表情豊かで、話題も豊富で、優しいってわかった。愛おしいって気持ちが私の中に生まれるなんてあの時には思いもしなかった。
私は並ぶ彼となりにピッタリとくっつくと腕を絡ませた。
ドーン、と上がる花火の音が間近で聞こえる中、彼は私に口付けした。
心臓がドキドキして、苦しい。
花火を見たり、キスをしたり、指を絡めあったり、シャンパンを飲んだり、と甘い時間を過ごした。こんな幸せな時間があるのだろうか、と思うほど私はドキドキしているのに、止めたいとも離れたいとも思わなかった。
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