御曹司は初心な彼女を腕の中に抱きとめたい
彼は私に合鍵を渡してくれた。

「これでもう隠していることはない。みちるもここに来て欲しいから渡しておくよ」

「そんな大切なものを預かるわけにはいかないよ」

「預けるんじゃない。あげるんだ」

この意味って……。私の胸が高鳴る。

「今すぐじゃない。でも、いつか……」

私の手を握り、彼は私の目を見てくる。その姿に私も彼の目を見つめ、頷いた。
そっと顔が近づき、唇が重なり合った。
彼にとって自分が特別な存在だと感じ、幸せだった。
彼の部屋で過ごす時間は私の部屋とは全く違う。リビングに並んで座り、プロジェクターで映画を観るが、そこかしこから聞こえてくるスピーカーに臨場感や迫力が凄かった。100インチはくだらないであろう大きさは、映画館で観るよりもよほど良かった。部屋の照明や家電も全てスマート家電になっていて、私の部屋とは何もかも違った。うちで彼が過ごしていたことが信じられないような設備に、圧倒されてしまう。
けれど、彼は私の部屋の時のように、ずっと腰に手を回し、ピッタリとくっついている、

「うちは広すぎるな。やっぱりみちるの部屋の方がいつでもくっついていられていいな」

彼の呟きに何も言えなかったが、心の底から嬉しかった。こんなすごい生活をしているのに、私の部屋の方がいいなんて、やっぱり彼は少し変わってる。でもそれが心地いい私もおかしいのかもしれない。普通の人なら羨むようなこのマンションにこの設備。インテリアだってきっとコーディネーターが整えているのだろう。そんな素敵な部屋よりも私にとっては彼と一緒に過ごすことの方が大切な時間だと思った。

「でも、このマンションもみちるが待っていてくれたら今よりも帰るし、ここに住むのが楽しくなるかも知れないな。いっそのこと一緒に住まないか?」

え?

蒼生さんは突然いいことを思いついたとばかりに同棲をしようと言い始めた。
ここに私が住むなんて想像もつかない。モデルルームのような家具に窓の外には海まで見える素敵場所。なんといってもベリヶ丘駅の目の前。ハイクラスの人たちがこぞって住むエリアだ。日本を動かしているといっても過言ではない要人も多く住むと聞いたことがある。そんなところにただの会社員の私が住めるのだろうか。

「みちるは乗り気にならないか? 俺と住むのは」

少ししょんぼりしたように見える彼の反応はなんだか可愛らしい。最近の彼は私に色々な表情を見せてくれる。そんな彼にどんどん惹かれている自分が怖い。こんなハイスペックな彼とずっと一緒にいられるか不安じゃないと言ったら嘘になる。でも今の気持ちを大切にしたい。

「ううん。一緒に暮らしたい。蒼生さんともっと一緒の時間を過ごしたい」

私がそう伝えると彼は顔を綻ばせ、私を抱きしめてきた。

「仕事で帰れない日もある、遅くなる日だってある。それでも家にみちるがいると思うとなんだかいいな」

「うん。私も、私がいるところに帰ってきてくれると考えただけでなんだか胸の奥が温かくなる。いつ蒼生さんが来るのかなって楽しみに家で待っていたの。でもいつ来るのかわからず待ち続けているのも、ずっと会えないのも寂しかった……。だから一緒に住んでみたい」

すると彼は私の頬を撫で、愛おしそうな表情で私を見つめてきた。

「できる限り家に帰ってくる。みちるに寂しい思いをさせないよう努力する」

「その気持ちが嬉しい。蒼生さんは自分がやりたいって思うことをやってほしい。それにここにいたら蒼生さんの帰る家になれるでしょう?」

頬を撫でていた手は私の顎を持ち上げてきた。

「あぁ、俺の帰る家はみちるの待つ家だ」

彼は甘い声で私の耳元で囁いた。これ以上我慢できない、と。私を抱き上げるとベッドルームへ運ばれた。
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