御曹司は初心な彼女を腕の中に抱きとめたい
翌朝から私は朝食を作るようになった。
私の部屋に泊まっていた時と同じようなメニューだが、彼は喜んで食べてくれた。

「今日は早く帰るから」

私より早く出る彼を見送りに玄関まで出てくるとそう言われ、なんだか胸の奥がくすぐったい。

「わかった。気をつけてね」

「あぁ、みちるも気をつけて」

玄関を出る時にさっと掠めるようなキスをされ、玄関のドアが閉まると私は思わずしゃがみ込み、悶えた。
彼は通常通り前髪は下ろし、メガネまでかけて行った。それなのに彼がキラキラしているように見えてしまう。ゆっくりしている時間はないはずなのに、私はなかなか動けずにいた。

同棲を始めてから一緒過ごすことが心地よく、喧嘩もない。
忙しくなり始めると真夜中になることもあるし、泊まりが続くこともあった。彼が本当に忙しいのは本当で、前に少しでも疑ってしまったのが申し訳なかったと思った。彼は研究員としても働いているが三橋製薬の後継者として会社の経営にも入っていると教えてくれた。今はまだ本格的に経営陣に入っていないが、今から参画し徐々に携わって行くための準備期間と言われているようだ。そんな日はスーツで出勤するのだが、髪を整え、磨き上げられて靴にオーダーのスーツを着込むといつもとは別人のようだ。そんな姿にまた惚れ直してしまう。

「今日は本社に行くからそんな遅くならないはずなんだ。せっかくだから迎えに行くから食事をして帰らないか?」

最近忙しくて外食するよりは私が作る食事を家ですることが多かった。彼の仕事を見ていると今までは無理して私のところにきてくれていたんだとわかった。だから私も彼のペースに合わせて生活をしていた。彼と一緒に食事ができるだけで楽しかったから不満なんてなかった。でも蒼生さんは結局私にばかりさせていることに罪悪感があるようで、この前も「いつもすまない」って言っていた。私がやりたくてやっていることだから、と伝えるとぎゅっと抱きしめて、ありがとうと伝えてくれた。
だから早く帰れる日は私を責めて連れ出そうとしてくれているんだと思い、素直に嬉しかった。

「嬉しい! 18時には会社を出れると思う」

「わかった。その頃会社に迎えにいくよ」

彼との久しぶりの外出が楽しみで、今日なにを着ようかまたクローゼットをひっくり返し始めた。

仕事を終えると私は会社のエントランスを抜けた。すると彼は少し離れたところに立ち、スマホに目を落としていた。私に気がついたのか、手を挙げるとこっちだと合図してくれた。私は小走りで駆けつけた。

「お疲れ様」

そう言うと私の手を自然に握り、駅の方へ歩き始めた。

「何か食べたいものはあるか?」

「そうですね、お寿司かな。家では作れないし」

彼は頷くと笑顔になった。

「やっぱりみちるだな。なんでもいいって言わない」

「もう! 食いしん坊って言いたいんでしょ」

私が膨れると頬を突かれる。

「違うって。そんなみちるが可愛いんだって。さ、おいしい日本酒もあるところに連れて行こうか」

彼は駅に向かうものだとばかり思っていたが、横にそれる。どこに行くのかと思えば、黒塗りのセダンが止まっていた。
私たちが見えると中から運転手が出てきて後部座席のドアを開けられた。彼に入るよう促される。

「ごめん、今日は本社だから送迎付きなんだ。これも親に、後継者としての箔が付くとか意味のわからないこと言うせいでさ」

そういえばマンションも箔が付くと言われ、あんなすごいところに住んでいたんだった。

「俺はこういう見た目にこだわるのではなく、実力で認められたいんだ。何度伝えても理解はしてもらえなくて困っているんだけどな」

彼は苦笑しながら私に教えてくれた。
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