御曹司は初心な彼女を腕の中に抱きとめたい
翌日、母から駅に着いたとメッセージが届いた。
私が迎えにいくと改札で手を振る懐かしい母の姿があった。
「みちる!」
近くまで行くと私のお腹に驚いていた。
本当に妊娠しているのね、と苦笑する母は呆れたように、昔からのんびりしてそうに見えてこうと決めたら曲げない頑固なところもあるのよねと言っていた。そして、そういうところはお父さんそっくり、と笑っていた。
「マンションは近いから行こうか」
いつものように商店街を抜け、マンションに向かおうとすると顔馴染みの人たちに声をかけられる。その度に「母です」と紹介すると母も「お世話になっています」と頭を下げてくれた。
「みちる、随分とこの街に馴染んでいるのね」
「うん。そうだね。都会を違ってコミュニティが狭いからみんな知り合いって感じなのかな。でもその感じが心地いいの。ここに引っ越してきてよかったって思ってる」
「そうね、ひとまずひとりぼっちじゃなさそうで安心したかしら」
私がみんなと会話を交わすたびに驚いたような表情を浮かべていたが、今の生活で困っていなさそうな私の様子を見せられてホッとしたようだ。そんな様子を見て、私は働いているパン屋さんにも案内した。
「お母さん、ここでお世話になっているの。とても良くしてもらっているの」
「安藤です。娘が大変お世話になっております。今日は手ぶらできてしまい、申し訳ありません」
母が店長と奥さんに深々と頭を下げると、ふたりまで恐縮し、頭を下げてくれた。
「みちるちゃんは働き者ですよ。お腹が大きくなってきたし、こっちが心配になるくらいよく働いてくれてます。お客さんからの評判も良くてこちらこそありがたいと思っているんですよ」
「そうですか。食いしん坊なので食に関わる仕事は合ってるのかもしれないですね」
母は笑いながら奥さんと話しをしていた。しばらく話した後、私たちはせっかくなのでパンをいくつか買うとマンションへ持ち帰ることにした。
「ここのマンションの五階」
エントランスを抜け、部屋へ案内すると母は中を見回した。
「いいところね。でもこんな遠くまで来ちゃってなにがあったの? まだ言えない?」
母の口調に私の心は揺れ動いた。詳しく説明はできない。でもお付き合いしていた人と別れたことやそのせいで東京を離れたと話した。彼のことは一生涯忘れることはないし、この子を授けてくれたことも感謝しかないと話すと呆れたように笑っていた。
「赤ちゃんのことは相手の人は知っているの?」
「知らない。それにいうつもりもない」
「それでいいの? みちるにとってその彼は大切な人なんでしょう?」
「うん。大切だからこそ迷惑をかけたくない」
真剣な様子に理解してくれたのか、呆れたのか母はもうなにも言わなかった。相手の人が誰かいうつもりがないとわかったのだろう。
でも本心では納得なんてしていないはず、でもそれを飲み込んでくれる母は強いと思った。
「ねぇ、みちる。出産はうちに帰って来たらどうかしら? 初めての出産だし、知らない土地で産むよりは安心じゃない? お母さんもそばについていてあげたいなって思うのよ。赤ちゃんだってみんなに迎えてほしいって思っていると思うわ」
母に赤ちゃんのことを言われ、ハッとした。彼に隠すように産むこの子は私以外頼る人がいない。私の両親が味方になってくれたら心強いことだろう。それにみんなに祝われて生まれてきてほしい。みんなに喜ばれて生まれてきたんだって感じてほしいと思った。でも、未婚の娘がお腹を大きくして帰ってきたら近所の人になんて言われるかと考えると両親に迷惑をかけるわけにもいかない。悩んでいると母はお腹に手を当て、お腹に話しかけている。
「おばあちゃんですよー。あなたは男の子かしら? 女の子かしら? ばぁばは楽しみにしていますよ。じぃじは顔は怖いけど、あなたのことを待ってますからね。安心して出てきていいのよ」
するとその声に反応するようにお腹の中で動きまわる。その胎動を母は手に感じたのか、元気な子ねぇと笑っていた。本心では子供のことも相手のことも、ここに来た経緯も何もかも聞き出したいことだろう。でもそれを飲み込んでくれる母は本当に強い人だ。
「本当に帰ってもいいの? 周りに人の目が気にならない?」
「バカねぇ。今時そんなのよくあることよ。みちるは自分と赤ちゃんのことだけ考えていればいいのよ」
笑い飛ばす母に私までつられて笑ってしまった。
「お父さんはなんて言ってた?」
昨日の電話で怒ったような声が耳にのこっている。怖いのは母よりも父だ。
「もちろん怒っていたわよ。でももうどうにもならないでしょ。それなら一緒に前を向いてあげるべきなんじゃないのかって伝えたの。そしたらしばらく考え込んでいたわ。みちるを捨てるなんて許せないって怒ってもいた。でもそれはふたりの問題でしょう。だから私たちは成り行きを見守りましょうって説得してきたの」
「ありがとう、お母さん」
嬉して抱きつくとお腹が当たる。
「まぁ、まぁ。あなただってもうすぐお母さんになるんでしょう。この子のためになることを考えてあげるといいわ。自分の子供のことを一番に考え、どんなことからも守ってあげられる強さを持たないとね」
私は大きく頷いた。母の言うとおりだ。私がこの子をどれだけ幸せにしてあげられるかが大切。周りの目なんて関係ない。親になるってこういうことなんだと改めて感じた。
母は急に今日きたから、と泊まらずに帰宅した。でもまた近いうちにくるから、と言い残していった。
あと一ヶ月で産休に入る。そのあとに実家に帰省しようと相談もした。
今日一日で母との関係も修復され、全てが前向きに動き出した。この子を待ち望んでくれる人が増え、何よりも心強かった。
私が迎えにいくと改札で手を振る懐かしい母の姿があった。
「みちる!」
近くまで行くと私のお腹に驚いていた。
本当に妊娠しているのね、と苦笑する母は呆れたように、昔からのんびりしてそうに見えてこうと決めたら曲げない頑固なところもあるのよねと言っていた。そして、そういうところはお父さんそっくり、と笑っていた。
「マンションは近いから行こうか」
いつものように商店街を抜け、マンションに向かおうとすると顔馴染みの人たちに声をかけられる。その度に「母です」と紹介すると母も「お世話になっています」と頭を下げてくれた。
「みちる、随分とこの街に馴染んでいるのね」
「うん。そうだね。都会を違ってコミュニティが狭いからみんな知り合いって感じなのかな。でもその感じが心地いいの。ここに引っ越してきてよかったって思ってる」
「そうね、ひとまずひとりぼっちじゃなさそうで安心したかしら」
私がみんなと会話を交わすたびに驚いたような表情を浮かべていたが、今の生活で困っていなさそうな私の様子を見せられてホッとしたようだ。そんな様子を見て、私は働いているパン屋さんにも案内した。
「お母さん、ここでお世話になっているの。とても良くしてもらっているの」
「安藤です。娘が大変お世話になっております。今日は手ぶらできてしまい、申し訳ありません」
母が店長と奥さんに深々と頭を下げると、ふたりまで恐縮し、頭を下げてくれた。
「みちるちゃんは働き者ですよ。お腹が大きくなってきたし、こっちが心配になるくらいよく働いてくれてます。お客さんからの評判も良くてこちらこそありがたいと思っているんですよ」
「そうですか。食いしん坊なので食に関わる仕事は合ってるのかもしれないですね」
母は笑いながら奥さんと話しをしていた。しばらく話した後、私たちはせっかくなのでパンをいくつか買うとマンションへ持ち帰ることにした。
「ここのマンションの五階」
エントランスを抜け、部屋へ案内すると母は中を見回した。
「いいところね。でもこんな遠くまで来ちゃってなにがあったの? まだ言えない?」
母の口調に私の心は揺れ動いた。詳しく説明はできない。でもお付き合いしていた人と別れたことやそのせいで東京を離れたと話した。彼のことは一生涯忘れることはないし、この子を授けてくれたことも感謝しかないと話すと呆れたように笑っていた。
「赤ちゃんのことは相手の人は知っているの?」
「知らない。それにいうつもりもない」
「それでいいの? みちるにとってその彼は大切な人なんでしょう?」
「うん。大切だからこそ迷惑をかけたくない」
真剣な様子に理解してくれたのか、呆れたのか母はもうなにも言わなかった。相手の人が誰かいうつもりがないとわかったのだろう。
でも本心では納得なんてしていないはず、でもそれを飲み込んでくれる母は強いと思った。
「ねぇ、みちる。出産はうちに帰って来たらどうかしら? 初めての出産だし、知らない土地で産むよりは安心じゃない? お母さんもそばについていてあげたいなって思うのよ。赤ちゃんだってみんなに迎えてほしいって思っていると思うわ」
母に赤ちゃんのことを言われ、ハッとした。彼に隠すように産むこの子は私以外頼る人がいない。私の両親が味方になってくれたら心強いことだろう。それにみんなに祝われて生まれてきてほしい。みんなに喜ばれて生まれてきたんだって感じてほしいと思った。でも、未婚の娘がお腹を大きくして帰ってきたら近所の人になんて言われるかと考えると両親に迷惑をかけるわけにもいかない。悩んでいると母はお腹に手を当て、お腹に話しかけている。
「おばあちゃんですよー。あなたは男の子かしら? 女の子かしら? ばぁばは楽しみにしていますよ。じぃじは顔は怖いけど、あなたのことを待ってますからね。安心して出てきていいのよ」
するとその声に反応するようにお腹の中で動きまわる。その胎動を母は手に感じたのか、元気な子ねぇと笑っていた。本心では子供のことも相手のことも、ここに来た経緯も何もかも聞き出したいことだろう。でもそれを飲み込んでくれる母は本当に強い人だ。
「本当に帰ってもいいの? 周りに人の目が気にならない?」
「バカねぇ。今時そんなのよくあることよ。みちるは自分と赤ちゃんのことだけ考えていればいいのよ」
笑い飛ばす母に私までつられて笑ってしまった。
「お父さんはなんて言ってた?」
昨日の電話で怒ったような声が耳にのこっている。怖いのは母よりも父だ。
「もちろん怒っていたわよ。でももうどうにもならないでしょ。それなら一緒に前を向いてあげるべきなんじゃないのかって伝えたの。そしたらしばらく考え込んでいたわ。みちるを捨てるなんて許せないって怒ってもいた。でもそれはふたりの問題でしょう。だから私たちは成り行きを見守りましょうって説得してきたの」
「ありがとう、お母さん」
嬉して抱きつくとお腹が当たる。
「まぁ、まぁ。あなただってもうすぐお母さんになるんでしょう。この子のためになることを考えてあげるといいわ。自分の子供のことを一番に考え、どんなことからも守ってあげられる強さを持たないとね」
私は大きく頷いた。母の言うとおりだ。私がこの子をどれだけ幸せにしてあげられるかが大切。周りの目なんて関係ない。親になるってこういうことなんだと改めて感じた。
母は急に今日きたから、と泊まらずに帰宅した。でもまた近いうちにくるから、と言い残していった。
あと一ヶ月で産休に入る。そのあとに実家に帰省しようと相談もした。
今日一日で母との関係も修復され、全てが前向きに動き出した。この子を待ち望んでくれる人が増え、何よりも心強かった。