御曹司は初心な彼女を腕の中に抱きとめたい
あれから二度ほど母は様子を見にきてくれた。
今のところ赤ちゃんも順調で、無事に産休に入ることになって。
お店には迷惑をかけてしまうが、店長も奥さんも待っているからと声をかけてくれ胸が熱くなった。数ヶ月前までなにもなかった空っぽの私が今日まで過ごして来れたのはふたりのおかげだ。
車で迎えにきてくれた父は私に小言のひとつも言うことなく、母と一緒に店に挨拶をしてくれた。

「荷物はこのくらいか?」

ある程度まとめておいた私の荷物を次々と車に積み込む。そして、出産準備で購入しておいたベビー用品もどんどんと運ばれていった。
次に帰って来るときにはこの子はもう外の世界にいるんだと思うとワクワクするが、反面ドキドキもしていた。
元栓を閉め、玄関の鍵をかけると後部座席に乗り込んだ。

「二時間はかかるだろう、少し寝ていくといい」

父がぶっきらぼうに言う。私のお腹を見てもなにも言わないが、心配してくれているのだろう。

「ありがとう」

私は父に声をかけると座席を少しだけ倒し、ブランケットをかけた。
スッと眠りに入ってしまった私は車が止まり、母に起こされるまで眠ってしまっていた。
父は積み込んだ荷物を黙々と部屋の中へ運び入れる。私も手伝おうとするが、大丈夫だ、と父に言われ家に入るよう言われてしまう。
母に促されリビングに入ると、私の知っている実家とは雰囲気が変わっていて驚いてしまった。
リビングの隣の部屋はベビーベッドが置かれ、布団の準備までされていた。可愛らしいメリーまでついている。床にはプレイマットも敷かれており、その上には赤ちゃんが手を伸ばして遊ぶおもちゃまで用意されていた。おむつなどを入れておけるようにか、クマの模様のチェストも置かれておりとても可愛らしい空間になっていた。

「これ……」

「えぇ、赤ちゃんが来る準備をしておいたのよ。いつでてきても大丈夫なようにね」

母はお腹を撫でながら声をかけてくれる。

「もう出てきてもいいですよー。待ってるわ。でもちょっと早すぎるからもう少しお腹でのんびりするといいね」

「もう! お母さんったら」

私は涙声になりながらお腹を撫でた。よかったね、こんなに待ち望んでくれている人がいて。幸せだね、と心から思った。

帰省してから私は近くにマタニティクリニックに通うようになった。週に一度の受診の後、ゆっくりと近くを散策したり美味しいものを食べて帰るのが日課になった。きっとこの生活も後少し。この子が生まれてきたらきっとそんなゆとりもないだろう。
今日ものんびりしながら家に帰ると見覚えのある車が家の前に止まっていた。
あれって………。
恐る恐る玄関に近づくと、中から怒鳴るような声が聞こえてきた。

「みちるに会わせていただけないでしょうか?」

「帰ってください!」

「お願いします! みちると話をさせてください」

やっぱり。この声は蒼生さんだ。どうしてここにいるの?
対応しているのは母のようで、帰って欲しいと説得しているようだ。

「みちるをずっと探していたんです。私は別れたくなんてなかった。彼女と話をさせてください。お願いします……」

彼の声に胸が締め付けられる。私は彼に別れを告げることなく消えてしまった。心配したに違いない。私だってこんなことしたくはなかった。でも彼の将来のためと言われたら身を引かざるを得なかった。
それに今彼に会うわけにはいかない。
彼のお父さんに言われた言葉が脳裏に焼き付いているからだ。

子供なんて作られたら大変だからな

子供ができていると知られたらどうなるってことなの? 悪い想像しか思い浮かばない。私はこの子手放したくない。
私はそっと玄関から離れ、時間を潰そうと公園へ向かった。
近くで遊ぶ親子を見ているとなんだか微笑ましい。私も一緒にたくさん遊んであげたいし、たくさん愛してあげたい。
最近私はお腹をさするのが習慣のようになっていた。
ベンチに座り、さっき久しぶりに聞いた彼の声を思い出していた。私だって会いたくないわけじゃない。むしろ毎日会いたくて仕方ない。でも彼のためになるのならと離れたのは自分だ。彼の声はずっとひとりで思い出していたものと同じだった。一目でも会いたい思う反面、会ったらどうなるかわからないと胸が苦しい。この気持ちがもどかしくてどうにかなりそうだ。
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