御曹司は初心な彼女を腕の中に抱きとめたい
何度も痛みの波を乗り越え、ようやく出産となった。
いつの間にか母は陣痛室の外にいて、分娩室には蒼生さんが立ち会う。
まさか今日再会して、今日出産に立ち会うなんて思っても見なかった。ついさっきまではこんな未来があるなんて想像もしていなかった。それに彼にプロポーズしてもらえるなんて信じられない。

「さぁ、安藤さん。そろそろ赤ちゃんが出てきますよ! しっかりいきんで」

助産師さんが足の方から私に声をかけると、蒼生さんも私の汗を拭きながら声をかけてきた。

「みちる、一緒に頑張ろう」

蒼生さんの声に私は必死に頷いた。彼の手を握ると私は思い切りいきんだ。

「もう一回! 大きく息を吸って。はい、止める」

助産師さんのタイミングに合わせ、私は息を止めるといきんだ。すると痛みが最高潮になる。

痛い、痛い、痛いよ

私は必死に彼の手を握る。
その瞬間痛みが一気になくなった、と同時に産声が聞こえた。

「おめでとうございます、男の子ですよ」

ほぎゃあ、ほぎゃあと大きな声をあげ、この世に私たちの子供が生まれた瞬間だった。

「う、産まれた……」

「あぁ、産まれたよ…みちる、ありがとう。本当によく頑張ったな」

私の頭を撫でてくれる彼の腕は真っ赤にな理、指の後が残っていた。私が握り締めていたせいだ。

「蒼生さん、ごめんなさい。痛かったでしょう」

「なにを言ってるんだ、これくらい。それよりもほら、赤ちゃんがこっちに連れてきてくれるよ」

生まれたての赤ちゃんは私の胸元に乗せられた。頼りなさげに泣くこの子はつい今少し前まで私の中にいたと思うと感慨深い。とても柔らかくて、温かくて、どうしようもなく愛おしい。
さっきまでの痛みは嘘のように消え、ただひたすらずっとこの子を見ていたかった。
ふと気がつくと赤ちゃんを見て蒼生さんが目を赤くしていることに気がついた。彼はこっそりと目をこすっていた。
そんな彼も私の胸のところにいる赤ちゃんの背中に触れる。

「今日この場に立ち会えて本当によかった。そうでなければ後悔することがまた一つ増えるところだった。まさか自分が父親になるなんて想像もしていなかったよ」

急に子供ができてしまうなんて受け入れ難いかもしれない。不安がよぎる。けれど彼はそんな気持ちを払拭してくれる。

「最高の一日だ! みちるが結婚を受け入れてくれて、そんな素晴らしい日に同時に父親になれるなんて。人生で入り番嬉しい日になったよ。ありがとう」

私の額にキスを落としてきた。
久しぶりの彼の唇の感触にドキドキしてしまう。
今日という日を二人で迎えてあげることができて本当に幸せだと思った。
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