御曹司は初心な彼女を腕の中に抱きとめたい
ベリヶ丘の駅から歩いて10分もかからずツインタワーに着いた。
ショッピングモールに来ることはあっても、さすがにツインタワーに来るのは初めて。どこか高級なイメージで、庶民の私にはなかなか足が向かなかった。そう言えば噂で、どこかの大使も訪れるなんて聞いた気がする。
気後れする私をよそに、奥山さんは来慣れているのか、どんどんと進んでいってしまう。私は遅れをとらないよう、少し早歩きで後ろを追いかけた。
「あ、ごめん」
少し遅れる私に気がついたようで彼は謝ってきた。そして私が隣に並べるよう少しだけど速度を落とした。
「前に話した時にも食べるのが好きって話していたよな?」
「えぇ。大抵週末は自分へのご褒美で美味しいものを食べたりします。奥山さんも好きって話してましたよね?」
さっき言われるまで彼の名前なんて知らなかったけど、さりげなく覚えていましたよと言わんばかりに名字を出してみた。
「あぁ。食べるのは嫌いじゃない。お酒を飲むのもな。えっと……、お酒は飲める? この前は少し飲んでいたよな?」
「えっ……あぁ、飲めます。私の名前、覚えてないですよね」
私が確信をつくと、彼は頭をかいていた。
「すまない。あぁいった場はあまり好きじゃないし、そもそも人数合わせだろうなって思っていたから誰の名前も覚えていなかったんだ」
そうだろうと思った。私はなんとなくみんなの名前は覚えていたが、顔と名前が一致しているかは怪しい。私だってそのくらいの記憶しかない。だからこそ、今日奥山さんに会った時もわからなかった。彼が自分の名前を言ったからやっと繋がった。
「私も正直なところ、さっき奥山さんが自分の名前を言ってくれたから思い出せたんです。ごめんなさい」
私の言葉に、お互い様だったな、と笑っていた。
「名前はわからなかったけど君は正面に座ってたし、美味しそうに食べる姿が可愛いなと思って……って何言ってんだろ、俺」
また前髪を伸ばすように触り、顔を隠す仕草をする。でも先ほど声をかけられた時のように耳がまた赤くなっているのが分かった。
「あは。食いしん坊キャラとして覚えてもらっててよかったです。安藤みちるです」
どんな反応を返したらいいのかわからず、可愛いというくだりは聞かなかったことにした。
見上げるほど高いツインタワーに入ると周りの様子に私は二の足を踏んだ。綺麗なスーツを着こみ、メイクもヘアスタイルも完璧。ハイヒールで歩く自信に満ち溢れた女性たち。髪を整え、仕立ての良さそうなスーツを着る凛々しげな男性たち。
私のようにサマーニットとフレアースカート、ヒールの低いパンプスのぽっちゃりなんて歩いていない。
私は居心地の悪さを感じているが、奥山さんは特に気にしていないみたい。でもよく見たら彼は髪の毛で顔を隠してはいるが、ラフな紺のジャケットに白のシャツ、グレーのパンツを履き、足元は黒の革靴だった。よく見たらスタイルもいい。長身だとは思っていたが、足がとにかく長い。それに研究員と話していた割にがっちりとしているように思えた。
「あの……こんな格好で来ちゃって大丈夫ですかね?」
あまりにカジュアルな姿に恥ずかしくなり、そっと声をかけた。
「え? 可愛いと思うけど」
「へ? あの……」
「別にドレスコードのある店じゃないし、気にしなくていいんじゃない? 俺は似合ってると思うけど」
似合うとかじゃなくて、この場に合わないのではないか、という質問のはずだったのに。
でも、また言われた可愛いという言葉にドキッとした。
男の人に可愛いと言われたのは初めてじゃない。付き合った人にも言われたことはあった。女子にかける言葉ではなく、キャラクターとしての可愛いだった。彼の言う【可愛い】も【ぽっちゃりしてて可愛いね】のニュアンスだろう。いつもそうだもの。
「あ、ここなんだ」
彼はカツ屋だなんて言ってたけれど、私の想像とは全くの別物だった。
店内に入ると個室のように隔離された部屋があり、個室には書道の額縁が飾られていた。壁は落ち着いた赤にテーブルは黒。まるでなんのお店に来たのかわからない雰囲気だ。
向かい合わせに座るとメニューを見るが、驚くような値段に目が泳いでしまう。こんな金額のトンカツなんて初めて見た。
奥山さんは気にせずペラペラとメニューをめくっている。
「ここの日本酒がまた合うんだ。飲める?」
「あ、うん。飲めるけど」
「じゃ、おすすめを頼んでもいい?」
「うん……」
お財布の中のお金がいくら入ってた不安になったが、確か1万円札は絶対に入ってたはず。足りなければカードを使うしかない。せっかく連れてきてもらったのだから楽しまなきゃ。
ショッピングモールに来ることはあっても、さすがにツインタワーに来るのは初めて。どこか高級なイメージで、庶民の私にはなかなか足が向かなかった。そう言えば噂で、どこかの大使も訪れるなんて聞いた気がする。
気後れする私をよそに、奥山さんは来慣れているのか、どんどんと進んでいってしまう。私は遅れをとらないよう、少し早歩きで後ろを追いかけた。
「あ、ごめん」
少し遅れる私に気がついたようで彼は謝ってきた。そして私が隣に並べるよう少しだけど速度を落とした。
「前に話した時にも食べるのが好きって話していたよな?」
「えぇ。大抵週末は自分へのご褒美で美味しいものを食べたりします。奥山さんも好きって話してましたよね?」
さっき言われるまで彼の名前なんて知らなかったけど、さりげなく覚えていましたよと言わんばかりに名字を出してみた。
「あぁ。食べるのは嫌いじゃない。お酒を飲むのもな。えっと……、お酒は飲める? この前は少し飲んでいたよな?」
「えっ……あぁ、飲めます。私の名前、覚えてないですよね」
私が確信をつくと、彼は頭をかいていた。
「すまない。あぁいった場はあまり好きじゃないし、そもそも人数合わせだろうなって思っていたから誰の名前も覚えていなかったんだ」
そうだろうと思った。私はなんとなくみんなの名前は覚えていたが、顔と名前が一致しているかは怪しい。私だってそのくらいの記憶しかない。だからこそ、今日奥山さんに会った時もわからなかった。彼が自分の名前を言ったからやっと繋がった。
「私も正直なところ、さっき奥山さんが自分の名前を言ってくれたから思い出せたんです。ごめんなさい」
私の言葉に、お互い様だったな、と笑っていた。
「名前はわからなかったけど君は正面に座ってたし、美味しそうに食べる姿が可愛いなと思って……って何言ってんだろ、俺」
また前髪を伸ばすように触り、顔を隠す仕草をする。でも先ほど声をかけられた時のように耳がまた赤くなっているのが分かった。
「あは。食いしん坊キャラとして覚えてもらっててよかったです。安藤みちるです」
どんな反応を返したらいいのかわからず、可愛いというくだりは聞かなかったことにした。
見上げるほど高いツインタワーに入ると周りの様子に私は二の足を踏んだ。綺麗なスーツを着こみ、メイクもヘアスタイルも完璧。ハイヒールで歩く自信に満ち溢れた女性たち。髪を整え、仕立ての良さそうなスーツを着る凛々しげな男性たち。
私のようにサマーニットとフレアースカート、ヒールの低いパンプスのぽっちゃりなんて歩いていない。
私は居心地の悪さを感じているが、奥山さんは特に気にしていないみたい。でもよく見たら彼は髪の毛で顔を隠してはいるが、ラフな紺のジャケットに白のシャツ、グレーのパンツを履き、足元は黒の革靴だった。よく見たらスタイルもいい。長身だとは思っていたが、足がとにかく長い。それに研究員と話していた割にがっちりとしているように思えた。
「あの……こんな格好で来ちゃって大丈夫ですかね?」
あまりにカジュアルな姿に恥ずかしくなり、そっと声をかけた。
「え? 可愛いと思うけど」
「へ? あの……」
「別にドレスコードのある店じゃないし、気にしなくていいんじゃない? 俺は似合ってると思うけど」
似合うとかじゃなくて、この場に合わないのではないか、という質問のはずだったのに。
でも、また言われた可愛いという言葉にドキッとした。
男の人に可愛いと言われたのは初めてじゃない。付き合った人にも言われたことはあった。女子にかける言葉ではなく、キャラクターとしての可愛いだった。彼の言う【可愛い】も【ぽっちゃりしてて可愛いね】のニュアンスだろう。いつもそうだもの。
「あ、ここなんだ」
彼はカツ屋だなんて言ってたけれど、私の想像とは全くの別物だった。
店内に入ると個室のように隔離された部屋があり、個室には書道の額縁が飾られていた。壁は落ち着いた赤にテーブルは黒。まるでなんのお店に来たのかわからない雰囲気だ。
向かい合わせに座るとメニューを見るが、驚くような値段に目が泳いでしまう。こんな金額のトンカツなんて初めて見た。
奥山さんは気にせずペラペラとメニューをめくっている。
「ここの日本酒がまた合うんだ。飲める?」
「あ、うん。飲めるけど」
「じゃ、おすすめを頼んでもいい?」
「うん……」
お財布の中のお金がいくら入ってた不安になったが、確か1万円札は絶対に入ってたはず。足りなければカードを使うしかない。せっかく連れてきてもらったのだから楽しまなきゃ。