夏のおわりと、恋のはじまり
第1話「夏休み最後の日」
「黒っ」
開口一番、友人のユウキは私に向かってそう叫んだ。うら若き乙女になんたる言い草だろう。無神経にもほどがある。久々に会った喜びがシュワシュワと縮んでくる。
「どした?」
「どうもしないけど」
ふうんと、ユウキは不思議そうに私の顔を覗き込んできた。
「で、なに? 呼び出して」
私が尋ねると「ああこれ」と、ユウキは持っていた紙袋を私の目の前に差し出した。この紙袋は知っている。というか、紙袋に名称が入っている。北海道銘菓「白い恋人」だ。
「北海道、行ってたの?」
ユウキは目を瞬かせ、眉間に皺を寄せた。
「言っといたじゃん。忘れちゃってたのかよ」
「これ渡すために、わざわざ呼び出したの?」
「どうせ、学校のプールの帰りだったろ。お前んち、丘の上にあるから行くの一苦労だし。それに……」
ユウキは軽く溜め息を吐くと「ちょっと歩こうぜ」と潮風の漂う海沿いの道を歩き出した。
***
「ああ、夏も終わりか」
私は水平線に沈んで行く太陽を、淡い感傷を込めて見つめていた。
「なんだよ、改まって。どうした」
隣を気だるそうに歩くユウキが、あまり興味なさそうに聞いて来た。
「だって終わっちゃうんだよっ、夏休みがっ、パラダイスがっ、夢の時間がーっ」
私は自分の吐き出した言葉によって、さらに追い詰められた。
「おかしいっ、この間まで夏休み残り四十日はあったのに、おかしくない? 昼まで好きなだけ寝て、好きな時に夕寝して、スイカ食べて、海で永遠に泳いで、ショッピングモール行って、遊園地で遊んで、映画観て、夏祭りに行って、ちょっと旅行に行ったり、都会へ遊びに行ってただけなのにっー」
「真っ黒に日焼けしておいて、よく言うわ。めっちゃ、夏休み堪能してるじゃんか。それだけやれば、四十日もあっという間だわ」
ユウキは眉をひそめ、溜め息をついた。
「いやっ、まだまだ行けるよ、私っ。あーっ、夏休み、一生続けばいいのにっ」
私は駄々っ子のように、気持ちを吐き出した。大人気ないことは分かってる。でも感情をどうしようも出来ない時ってあるでしょう。今がまさにその時なのだ。十六歳の夏休みは一生で一度きり。その一度きりが明日で終わるのだ。少しぐらいゴネたって、誰にも文句は言えないはず。少しじゃないかもしれないけど。
「夏だけが、楽しいわけじゃないだろ?」
ユウキは、駄々を捏ねる子供をあやす母親のように、私に囁いた。
「夏休み以上に、楽しいことなんてないっ」
「言い切るな。でもこれから涼しくなるし、過ごしやすくなるよ」
「私、暑いの好きだもん、それに灼熱地獄の中、クーラーのキンキンに効いた部屋で昼寝するの最高だもんっ」
「まあ、それは確かにな」
ユウキは残暑の残るこの空気の中、力なく私に同意してきた。でも、ほらそうじゃんか。私はここぞとばかりに畳みかけた。
「海やプールで泳ぐのも好きだし、夏は大きな花火大会もあるし、屋台で買い食いするの大好きだし、夏野菜美味しいし、冷やしたスイカと桃とメロンたまらないし、夏最高でしょうっ」
「まあな。でも、秋は秋でイベントあるし、秋の食べ物も美味いじゃん。おまえ、栗とか焼き芋とかも好きじゃんか」
「う。それは好きだけどさ。でも、夏の方が好きだもん」
ユウキは私の態度に、さらに溜め息をつく。私のあまりの大人気ない態度に、呆れているようだ。ユウキの前だと、隠すことなく本心がだだ漏れてしまう。うんざりしているかもしれない。でもユウキは、そんな私をいつも受け止めてくれる良いやつだ。
「北海道のじいちゃんがさ、働いている時は、毎日休みならいいのにって思ってたらしいけど、いざ、定年後仕事を辞めたら、毎日が休みなのってつまらないって言ってたよ」
「えっ、どういうこと?」
「労働をしていたからこそ、休みのありがたさが分かったんだって。おまえも、俺も、休み明け、地獄のテストラッシュから始まる、学校生活があるって分かってるから、休みがありがたく感じるってことだよ」
「ギャー、嫌なこと思い出させないでっ」
私が海に向かって叫び声を上げると、ユウキはハハハと笑った。
「それに、おまえの夏休みはまだ終わらないだろ?」
「えっ」
「おまえ、夏休みの宿題まだ残ってるんじゃないの?」
ギクッ!
「な、なんで、それをっ」
「本当、おまえ、昔っから変わらないよなー」
呆れたユウキの笑い声も、目の前の海と空に響いた。水平線に沈む夕陽が、夏と重なる。輝きながらオレンジ色の光が吸い込まれて消えて行く。
まるで私の夏休みそのものだ。
つづく
開口一番、友人のユウキは私に向かってそう叫んだ。うら若き乙女になんたる言い草だろう。無神経にもほどがある。久々に会った喜びがシュワシュワと縮んでくる。
「どした?」
「どうもしないけど」
ふうんと、ユウキは不思議そうに私の顔を覗き込んできた。
「で、なに? 呼び出して」
私が尋ねると「ああこれ」と、ユウキは持っていた紙袋を私の目の前に差し出した。この紙袋は知っている。というか、紙袋に名称が入っている。北海道銘菓「白い恋人」だ。
「北海道、行ってたの?」
ユウキは目を瞬かせ、眉間に皺を寄せた。
「言っといたじゃん。忘れちゃってたのかよ」
「これ渡すために、わざわざ呼び出したの?」
「どうせ、学校のプールの帰りだったろ。お前んち、丘の上にあるから行くの一苦労だし。それに……」
ユウキは軽く溜め息を吐くと「ちょっと歩こうぜ」と潮風の漂う海沿いの道を歩き出した。
***
「ああ、夏も終わりか」
私は水平線に沈んで行く太陽を、淡い感傷を込めて見つめていた。
「なんだよ、改まって。どうした」
隣を気だるそうに歩くユウキが、あまり興味なさそうに聞いて来た。
「だって終わっちゃうんだよっ、夏休みがっ、パラダイスがっ、夢の時間がーっ」
私は自分の吐き出した言葉によって、さらに追い詰められた。
「おかしいっ、この間まで夏休み残り四十日はあったのに、おかしくない? 昼まで好きなだけ寝て、好きな時に夕寝して、スイカ食べて、海で永遠に泳いで、ショッピングモール行って、遊園地で遊んで、映画観て、夏祭りに行って、ちょっと旅行に行ったり、都会へ遊びに行ってただけなのにっー」
「真っ黒に日焼けしておいて、よく言うわ。めっちゃ、夏休み堪能してるじゃんか。それだけやれば、四十日もあっという間だわ」
ユウキは眉をひそめ、溜め息をついた。
「いやっ、まだまだ行けるよ、私っ。あーっ、夏休み、一生続けばいいのにっ」
私は駄々っ子のように、気持ちを吐き出した。大人気ないことは分かってる。でも感情をどうしようも出来ない時ってあるでしょう。今がまさにその時なのだ。十六歳の夏休みは一生で一度きり。その一度きりが明日で終わるのだ。少しぐらいゴネたって、誰にも文句は言えないはず。少しじゃないかもしれないけど。
「夏だけが、楽しいわけじゃないだろ?」
ユウキは、駄々を捏ねる子供をあやす母親のように、私に囁いた。
「夏休み以上に、楽しいことなんてないっ」
「言い切るな。でもこれから涼しくなるし、過ごしやすくなるよ」
「私、暑いの好きだもん、それに灼熱地獄の中、クーラーのキンキンに効いた部屋で昼寝するの最高だもんっ」
「まあ、それは確かにな」
ユウキは残暑の残るこの空気の中、力なく私に同意してきた。でも、ほらそうじゃんか。私はここぞとばかりに畳みかけた。
「海やプールで泳ぐのも好きだし、夏は大きな花火大会もあるし、屋台で買い食いするの大好きだし、夏野菜美味しいし、冷やしたスイカと桃とメロンたまらないし、夏最高でしょうっ」
「まあな。でも、秋は秋でイベントあるし、秋の食べ物も美味いじゃん。おまえ、栗とか焼き芋とかも好きじゃんか」
「う。それは好きだけどさ。でも、夏の方が好きだもん」
ユウキは私の態度に、さらに溜め息をつく。私のあまりの大人気ない態度に、呆れているようだ。ユウキの前だと、隠すことなく本心がだだ漏れてしまう。うんざりしているかもしれない。でもユウキは、そんな私をいつも受け止めてくれる良いやつだ。
「北海道のじいちゃんがさ、働いている時は、毎日休みならいいのにって思ってたらしいけど、いざ、定年後仕事を辞めたら、毎日が休みなのってつまらないって言ってたよ」
「えっ、どういうこと?」
「労働をしていたからこそ、休みのありがたさが分かったんだって。おまえも、俺も、休み明け、地獄のテストラッシュから始まる、学校生活があるって分かってるから、休みがありがたく感じるってことだよ」
「ギャー、嫌なこと思い出させないでっ」
私が海に向かって叫び声を上げると、ユウキはハハハと笑った。
「それに、おまえの夏休みはまだ終わらないだろ?」
「えっ」
「おまえ、夏休みの宿題まだ残ってるんじゃないの?」
ギクッ!
「な、なんで、それをっ」
「本当、おまえ、昔っから変わらないよなー」
呆れたユウキの笑い声も、目の前の海と空に響いた。水平線に沈む夕陽が、夏と重なる。輝きながらオレンジ色の光が吸い込まれて消えて行く。
まるで私の夏休みそのものだ。
つづく
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