元奴隷の悪役令嬢は完璧お兄様に溺愛される
「見つけるまで帰ってくるんじゃないわよ!」
お嬢様は肩をいからせて邸へと帰っていく。
レインはのろのろと、どうにか体を起こし、立ちあがった。沼の中を手でさぐるが、やはり人形があるようには思えない。
レインは、痛む傷口を汚れた手で押さえながら、とぷん、と音を立てて泥のなかに座りこんだ。
冬が近い。寒いこのころでは、泥の中で風邪をしのぐほうが温かい。
レインは、泥の中に浸るようにして、あるはずのない人形を探した。そうやって、寒い中で濡れていたのがわるかったのか、だんだんと体が震えてきた。
寒い。熱があるのかもしれない。
レインはそのままだと立ちあがれなくなる、と思って、震える体を陸へ上げた。
雨がレインの体に容赦なく打ち付ける。ぐっしょりと濡れた体を一生懸命動かして髪を絞る。そんなことをしても泥は消えない。汚れた名無しは汚いもののまま。このまま朽ちて消えていければどれだけいいだろう。そう、熱でゆだる頭で、ぼんやり思っていた時だった。
「名無し!さぼるんじゃない!お嬢様に言いつけられたいのか!」
するどい叱責は嵐のようだ。冷たくなった手足が一層冷える。
あれは誰だったか、使用人のうちの一人だった気がする。